MEMO

▽2016/01/16(Sat)

過去の記憶という夢





ポーンに人の心というのは存在しない。
感情も、魂も。存在そのものがこの世に存在しえないものだ。食事を必要としなければ寝る必要もない。

当然、夢も見ない。




「…ーーび、ラビ!」
「!…なんでしょう、マスター」
「随分と魘されていたぞ、大丈夫か」

テル村にある宿場で、マスターと呼ばれた金髪の男ーードレンは自身のポーンであろう赤毛の青年ーーラビを揺すり起こせば、目が覚めたであろうラビの反応に安堵の息をついた。
お手をお掛けして申し訳ありません、と何事も無かったように謝るラビの頭をドレンは撫でてやるとラビもまたなんだろうといった表情で微笑む。

「気にするな。しかしお前は夢を見るのか、ポーンは夢をみないときいていたが…」
「私にも何がなんだか…。記憶に無いのです。私は夢とやらを見たのでしょうか」
「かもな。ならまた次も見られるさ」

さて、もう一眠りだ。と笑いながらも横になるドレンにおやすみなさい、マスター。と声をかければまた自身も椅子に腰掛け背もたれに凭れる。

ーーラビは知っていた。其れが夢である事も。どんな夢だったかも。
しかしそれは口に出しても仕方が無い、過去の記憶。ラビには他のポーンとは違い、食べる事や寝る事を必要とはしなくとも感情や意思はあった。其れも全てあの経験がそうさせ、強い気持ちが残っているからだろうとラビは判断していた。
初めて己を作り出してくれたマスター。彼は物静かで必要以上の事を語るような人では無かったが、大事な人のため。国の為、と各地を一緒にまわり、旅を共にした。そして最後は神と呼ばれる存在の後を継ぐ事を選びリディアと呼ばれる剣で自ら自身を貫けば、その後何百年も彼は世界を見守った。その姿をラビは今でも忘れられない。マスターが選んだ事ならば、と口にしつつも己自身を剣で貫き、海へ落ちる彼の後をラビは叫び手を伸ばし救おうとした。しかし、あろう事かその抜け殻となった身体をラビは引き継ぐ事となった。
ラビは初めて涙というものを流した。誰よりも愛する主人の身体がこうしてあるのに、その人そのものがいない悲しみに言葉も出なかった。
其れからというもの、ラビはマスターと同じように各地をまわり、旅をし、彼の目指した皆が笑顔で過ごせる世界を守り続けた。何かに迷ったときには空を見上げ、勇気をもらった。見守ってくれていると元気をもらえた。
ーーーしかしあろう事か、ラビは同じ過ちを繰り返した。ラビ自身も信じたくはなかった。あの時、マスターがした事をラビもまたしなければいけない状況となってしまった。やめてくれ、思い出してくれと必死に懇願した。しかし彼はそれに応える事なく、この魂を救ってくれと。そう彼はいった。
ラビは其れに応える事は出来なかった。マスターの身体に剣を突き刺すなど、到底できなかった。
結果、ラビは闇の中へと落ちた。落ちて落ちて、其れからどうなったのかを覚えていない。其れが後にマスターとなる男の心臓を奪う真っ赤な龍となって生まれた事も、ラビは知らない。

そのマスターの姿を、ラビは決して忘れる事はなかった。だからこそ、またこうして生み出され、目の前に己のマスターと瓜二つな姿を目にした時にはこれは夢とさえ思った。しかし彼は姿そのものは同じでも、彼のように物静かではなければ寧ろ怒る時には怒る。自己主張の強い男だった。そして自分のように、あの世界の記憶を知らなかった。
だが共通点もあった。誰に対しても優しく、誰かの為に命を投げ出すことのできる。ラビは自分にはやはり彼しかいないと心の底から感じた。

それからというもの、彼にこの話はしないと決めた。またこの世界はこの世界で、彼を見守り力になれればいい。そう思った。

久しくみた過去の記憶という夢を、少しずつ思い出せばラビはゆっくりと瞼を閉じる。今度こそマスターを守ってみける、そう新たに決意しながら。



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