(少し注意)
どうにも無防備すぎると、ジェノスは悩んでいた。
二人はひょんなことで出会って、部屋を行き来する間柄になった。その「ひょんな出会い」はジェノスが名無しを助けたことがきっかけである。そのお礼をさせてほしいと名無しは半強制的にジェノスを自分の家に連れてきたのだ。それから二人は、何度かの偶然を交えて、お互いの家を行き来するくらいの仲になった。
出会った時からジェノスは思っていた。名無しは警戒心の欠片も持ち合わせていない。初対面の相手、しかも異性を部屋に連れ込むのはどうかと感じた。
そして今だってそうだ。「暑い」そう言って、ソファに寝転がっていた名無しは上に着ていたパーカーを脱いだ。キャミソールから伸びる華奢な腕が晒される。脚もまた然りである。際どい丈のショートパンツから伸びるそれはだらんと投げ出されている。
「どうせまたうたた寝するんだから着ていろ。風邪をひく」
「ひかないよ。でもうたた寝したとしてもジェノスがタオルケットかけてくれるんでしょ?前も前も、その前もそうしてくれた」
「……俺じゃない」
「ジェノス以外に誰がいるの」
「……」
「ちょっと、ムスッとしないでよ」
ケラケラ笑った名無しは、手を組んで頭の上に向かって伸びをした。白い脇や、盛り上がる胸元、ちらりと覗く腹部にジェノスは息を飲んだ。金色の目は行き場なく彷徨い、やがて瞼に覆われた。
「眠いの?」
「違う」
目のやり場に困る、そう思ったジェノスはとりあえず席を立とうと腰をあげた。
「どこ行くの」
「……そろそろ帰る」
「え、泊まっていきなよ。もう遅いし」
このまま一緒に居ては我慢できるものもできなくなってしまう。だが、この居心地の良い関係を壊してまで名無しを手に入れようとも思えなかった。
ジェノスはそう考えて、この部屋を出ようとしたのだ。しかし名無しはその腕を引っ張った。ジェノスは流されるまま。そのまま二人してソファに座り込む形になった。名無しの腕など、振りほどこうと思えばいくらでも振りほどけた。だがそうしなかった。その理由を、ジェノスは自分で痛いほどよくわかっていた。
「ほらほら、映画一緒に観ようよ」
名無しはジェノスの横にぴったりとくっつく。そして機械の腕に自らの腕を絡めた。しなやかな脚が、胸の膨らみが、彼女に触れる個所が熱を持つような感覚に襲われる。
「おい、いい加減にしろ」
ジェノスの言葉に名無しは固まった。
「え?」
「……はあ」
「ちょ、ちょっと」
衝動に駆られるがまま、ジェノスは名無しの身体を押し倒した。
何故こうも名無しは無防備なのだろう、と思案することは多々ある。その度に行きつくのは、「サイボーグには性欲がないと思っている」「ジェノスのことを男としてみていない」の二つである。どちらも悲しいが、特に後者は心が折れそうになるほど辛いものがある。そしてどちらにしても、名無しの心はジェノスに向いていないのだと予想がつく。
「な、なに。どうしたの」と名無しは動揺しながらも笑って言った。ジェノスはその様子に対して眉間にしわを寄せた。押さえつけている手に思わず力が入る。
「聞け。俺は男だ。サイボーグだが性欲だってある。こういうことをされれば歯止めが効かなくなる。おまえを襲うことだって容易にできる」
「……」
「どうとも思っていないやつに対してこんなことをするな。おまえが傷つくことになるぞ」
言っていて心が空しくなるのを感じた。もういっそ、このまま襲ってしまおうか。一瞬そう思ってしまえば、そのあとはもう簡単である。転がるように理性は崩壊していった。
ジェノスは名無しの唇に噛みついた。無理やりに舌をねじ込んで口内を蹂躙する。名無しの唇へのあつく深いキスもそこそこに、ジェノスの唇は名無しの頬へ、瞼へ、額へ移動する。一見激しい。だが壊れ物を扱うような優しい口づけに名無しの心臓は激しく脈打った。
ジェノスは名無しの胸に手を置いた。キャミソール越しではあるが、その感覚はよくわかる。少し力を入れればそれは形を変えた。
「ん…やだっ…ジェノス」
熱っぽい声に頭がショートしそうになる。キャミソールの裾から手を入れ、直にふくらみを触れば、名無しはより高い声を出して唇を噛みしめた。華奢だったから気付かなかったが、見た目に反して名無しの胸は豊満だった。嬉しい誤算である。
着痩せするタイプなのか、とジェノスは冷静に分析する。先ほどのキスをしたときもそうだ。あんな風に照れる顔は今まで見たことがない。胸を触った時のあの色っぽい声だって初めてだ。新しい名無しの姿を見つけられたことにジェノスは満足していた。そしてこの涙も。
「名無し……」
彼女は静かに一筋涙を流していた。その涙がいったい何を意味するのか、ジェノスはよくわからなかった。拒絶なのだろうか。動揺か、それとも恐怖か。
ジェノスは名無しの肩口に顔を埋めた。少し硬い髪が名無しの肌をくすぐる。
「おまえが嫌ならもうやめる……」
耳元で囁かれたその声は力なくかすれていた。「……嫌じゃない」そう言う名無しの声も震えていた。「嫌なわけない」と言って頭を小さく左右に振った。そしてジェノスに抑えられて痕のついた腕を、彼の背中にそっと回した。
「それは俺のことが好きということか」
「……」
「答えろ」
「……好き。すごく好きなの」
「本当か」
「そう言ってるじゃない……だいたい、鈍すぎるよ。私は初めて会った時から……好きだったのに」
「……そうだったのか」
ジェノスの口角は知らず知らず上がっていく。自分はなんて単純なのだろう、と呆れてくる。
「部屋に連れてきたのだって、偶然を装って会ったのも、おかずを作りすぎたからってサイタマさんの家に行ったのも、全部全部ジェノスに会いたくてやったことだった」
「気が付かなかった。すまない」
申し訳なさそうに謝るジェノスの姿を見て、名無しは「いいよ。今までタオルケットかけてくれていたから。それでチャラね」と笑った。
「そうか。そうなると、こうして無防備にしていたのも俺を誘うためか。なるほど……」
ジェノスの手が名無しの滑らかな足の上を滑る。機械の冷たさに名無しは一瞬息を飲んだ。
「は?」
「違うのか」
「何言ってるの?」
「……無意識か」
これは由々しき事態である。この無防備さが無意識の下での行動ということなら、いつ何時他の男の目に晒されるかわかったものじゃない。
ジェノスは名無しの首筋に、鎖骨に噛みついた。強く吸えば名無しはピクリと身体を揺らした。
「や、やだ!そんなところにつけないでよ!」
「うるさい」
赤く残る痕を見て、ジェノスは満足そうに口の端を吊り上げた。
20181120.