俺の恋人はしっかり者だ。
学校の勉強は予習復習をかかさず、部活では部員を束ねて日々練習に精を出している。友人達からの人望が厚いのは勿論のこと、教師からの信頼も強く彼の名前を聞けば全ての人が安心したような顔を見せる。しっかり者の恋人は如何なる場面でも手を抜かないから、何に取り組んでも優秀な成績を収めた。周りの人間は鼻高々だ。こんな少年と関わりを持っていることに誰しもが誇りを感じている。

「それ俺も食べたいー。あーんして」

だから俺は、他のみんなが彼のこんな姿を見たら心底驚くんじゃないかと思う。そうきっと家族だって、驚くんじゃないんだろうか。

「食べたかったらベッドから降りないとだめ」
「ええー……ここじゃあかんの?」
「ベッド汚れちゃうだろ。金ちゃんが同じことしたら怒るんだから、ほら、白石もちゃんとして」
「もぉー……ケチ。じゃあええよ」

そう言って白石は寝返りを打って俺に背を向けた。拗ねてますと言わんばかりのその後ろ姿を見て、思わず溜め息が溢れる。白石に対してついた溜め息ではない。これから結局白石を甘やかしてしまう自分自身に対しての溜め息だ。

「白石。お菓子あげるから、こっち向いて」

白石は素直に振り返った。無防備に可愛い顔をさらす恋人の口元にチョコレートのかかったスナック菓子を寄せると、「あ」の形で口が開けられ、隙だらけな表情がますます可愛くなる。
彼の要望に応えるように「あーん」と言いながらお菓子を口の中に放ると、白石は満足そうにふにゃりとした笑顔を見せた。

「おいしい」
「そりゃよかった」
「なあ、こっち来ぉへんの?」

こっち、と言いながらベッドの空いているスペースを手で叩く。数学の宿題やってるからもう少し後でと言っても白石は聞かないんだろう。実際、白石の視界に映る場所で数学のプリントを広げているのに、白石にはまるで全く見えていないようだった。

「数学」
「聞こえへーん」
「……ったく」

試しに言ってみたが、思った通りだ。
白石は悪戯っ子のようにクスクスと笑っている。ああ本当に、こんな姿を誰が想像できるだろう。

「しゃあないなぁ」

白石の可愛さに白旗を上げて、俺は筆記用具を放り投げた。数学は、後でやろう。目の前の可愛い恋人と触れ合うために今はまずベッドに身を沈めるのだ。

「それ。俺以外の前で言ったらあかんよ」
「なにを?」
「しゃあないなーって、方言出すの、俺の前でしかやったらあかんの」

横になったベッドの上、至近距離で白石の綺麗な指が俺の鼻筋にくすぐるように触れる。その動作だけで、わかった?と尋ねられているようで、俺は少しだけ笑って頷いた。

「笑いごとちゃうのに」
「可愛くて笑っちゃっただけだって。大丈夫、白石にしか言わないよ」

大阪で生まれ育った俺が白石と出会ったのは幼稚園の頃だった。俺が東京へ転校する小学校5年生まで、白石とは本当に毎日一緒に過ごし、その頃から、白石は俺にだけは気張らない自分を見せてくれた。
白石が俺に気を許してくれているように、俺も白石には同じだけ心を開いている。だからだろうか、東京で暮らしている間に抜けてしまったはずの方言が、白石の前だと時々出てくることがある。中学3年の春に大阪へ戻ってきて以来、方言を交えて話してしまうのは白石にだけだ。

だから心配することなんてないのに。
そんな可愛い独占欲で、頬を膨らませる必要なんてないんだ。

「俺の前の白石も、白石の前の俺も、どっちも特別でしょ。他の人には絶対見せないよ」
「……うん」

白石が、嬉しそうに微笑む。耳が赤くなっているのがわかって、たまらなくなった俺はその綺麗な耳の形を指でなぞった。気持ちよさそうに目を瞑っている表情が美しくて、かわいくて、世界一近い場所で眺めていると愛しさでどうにかなってしまいそうだ。


俺の恋人は、確かに、みんなが期待するようなしっかり者だ。
努力を惜しまず、結果を出して、たくさんの人の憧れの存在になる。
でも彼だって人間で、息抜く場所がほしくて、弱くいれる相手が必要だった。それが他の誰でもなく、俺だったんだ。その事実はいつだって俺の心臓の奥を熱くさせて、街中に聞こえるくらいの大声で全身を包む幸せを叫び出したくなる。

白石が甘えたように唇を軽くつき出した。「ん」と声を洩らして、キスをせがむ。何もかもが可愛くってどうしようもなくて、込み上げる激情に身を任すと今すぐにでもピンクの唇に噛み付いてしまいそうだ。
俺はその暴れそうな熱をぐっと押さえつけると、精一杯優しいキスをして白石との蕩けそうなほど甘い時間に全てを預けた。