title by 37


「あぁ、あっ!悠樹っ、!」
「はあっ、謙也、謙也!」
「ぁああッ!!そこっもぉっ、あか、ん、からぁっ!」

ああなんでおれ、こんなことしてんだろう。

自分の過ちに冷静な俺と、眼下に晒された友人の痴態に興奮する俺。二つとも本心で、だからずっと罪悪感を抱きながら獣のように腰を振っている。
ごめん、ごめんね謙也。こんな酷いことしてごめん。友達だったのに、裏切ってごめん。本当はずっと謙也のことをこんな風にしたかった。謙也が喘ぐ姿を妄想して何度も抜いた。こんなやつが友達やってたなんて気持ち悪いよね。謝ったって許してもらえるわけないって分かってる。でも、本当にごめん。

「ああん、ああっ!」
「けんや、ぁ……っ、ごめ、ごめん……っ!」
「ああぁッ……!!」

謙也の声も身体も目も、全部が泣いているようだった。謙也を傷付けているくせに、それを直視できない俺は、自分の罪から逃れるようにずっと謝りながら謙也を犯している。

なんでこんなことになったんだっけ、と後悔で死にそうな頭の中で必死に考えてみると、家の玄関で「お見舞いに来た」と笑っていた謙也の姿を思い出した。
つい、三十分程前のことだ。

(……そうだ、謙也が俺にプリントを持ってきてくれて、それで……)

風邪をひいた俺に、課題と学級通信を持ってきたのだと謙也は言った。途中で寄ったコンビニで飲み物とゼリーを買ったからと、それも渡してくれたことを思い出す。
家には俺一人だけだった。父は外勤めのサラリーマンであるし、母はパートに出ていた。誰もいないことを知ると、謙也は家に上がりたいと言って返事も聞かずに靴を脱いだ。きっと心配してくれたんだろう。けれど俺には、ありがたいようで不幸な申し出だった。
家には自分達以外に誰もいないし、熱で頭が少しぼーっとする。こんな状況でいつものように平然としていられる自信がなくて、トイレへ行って一度頭を冷やした。
本当に後悔したのは、トイレから部屋に戻ってきた時だ。部屋で待っていた謙也が、俺のベッドに横になりながら漫画を読んでいたのだ。遠慮のない振るまいが可愛くて、好きな人が自分のベッドにいることに興奮して、気付いたら俺は謙也を組み敷いていた。家になんか上げなきゃよかった、とこの瞬間すでに後悔していたはずなのに、俺の体は野生の動物みたいに欲望に呑まれて止まらなかった。

「あ、あ、悠樹っ、もうッだめぇ!おれ、っ……!」
「謙也、!」
「あああぁっ!」

果てる直前に昂ぶった自身を後ろから抜き、熱い欲を謙也の腹筋にかけるように吐き出す。俺達はほとんど同時にイッて、謙也が出した精液も腹筋を濡らした。

俺にいいようにされた謙也は、胸を大きく上下させて息を整えていた。室内には二人分の荒い息が響く。虚しい音だ、と思った。謙也が読んでいた漫画は無造作に床に落ち、せっかく買ってきてくれたゼリーもポカリも部屋の温度でぬるくなっている。その全部が、虚しい。虚しさで、傷付けた方の俺が泣いてしまいそうだった。

「…………ごめん」

吐き出した精液をティッシュで拭き取る。俺に犯されたことを、せめて外側には残さないように綺麗にしようと思った。謙也の口からは依然、事後の冷めかけた息が洩れるだけで、言葉らしい言葉は出てこない。嗚咽をこらえて泣いているのかもしれないと思うと、謝る以外の言葉をかけることができず、馬鹿の一つ覚えみたいに「ごめん」と繰り返して謙也の腹筋の上の精液を拭った。

「……悠樹」

謙也の声が俺を呼び、俺は自分の肩を震わせた。もう二度と呼ばれることはないと思っていた名前が口にされた驚きと、きっと謙也はこのあと泣いてしまうだろうという怖さと、色々な感情が入り混じる。
俺は俯きながら、「なに?」と返し、手持ち無沙汰な手元を誤魔化すように謙也の胸元までシーツをかけた。汗をかいただろうから、何も纏わないと体が冷えそうな気がした。

「……なんで、こんなことしたん?」

謙也の声が俺を責めているのか、許そうとしているのか、自分の犯した罪に追い詰められた俺には何の判断もつかない。俺は少しの間黙って、謙也の顔を見られないまま呟く。

「ごめん……おれ、もう謙也に話しかけないから。近くにも寄らないし、視界に入らないようにする……俺の声が聞こえないように、謙也の聞こえる場所で誰かと話したりもしないから……」

卒業まで、これからも同じ教室で過ごさなくちゃいけないのは、謙也にとっては生きた心地のしない地獄だ。俺がどれだけ息を殺したって、俺の些細な言動が謙也の心を抉るに違いない。ああどうして、明るい謙也から笑顔を奪うようなことをしてしまったんだろう。そのくせ目を見て謝ることもできなくて、俺は、本当に情けなくて、死ぬほど最低だ。

「……そうやなくて!」

すると、謙也が勢いよく体を起こした。胸元までかかっていたシーツが重力に引かれて謙也の下半身だけを覆うようになる。
急に発された大きな声に釣られるように俺は俯けていた視線を上げた。今日初めてまともに見た謙也の顔は、少しだけ怒っているように見えた。

「なんで、こんなことしたんやって聞いとんねん……これからどうするとかや無くて」
「それは……」
「っ……俺のこと、どう思ってるからこんなことしたん……!?きっ、嫌いなん!?」

言われた言葉の意味を理解して、俺は目を見開いた。嫌い?俺が謙也を?

「まさか!そんなわけない!」
「それやったら、なんで」
「っ、だから……それは俺が謙也を……」

言葉に詰まると、謙也が先の言葉を促すように力強く見つめてくる。確かに、謙也には知る権利があった。突然襲ってきた挙句に、今後は一切関わりを持たないからと逃げようとする男が、何を考えてこんな凶行に走ったのか。

俺は息を吸い込んだ。

「謙也を、好きだから」

ごめん、と心の中で呟いていた謝罪の言葉が、なんの意識もせずに口から溢れる。謙也が何を言っても聞き届けて俺への罰にしようと、俺は視線を上げたまま謙也の言葉を待った。

「……好きて、ほんまに?」
「うん……」
「こういうことしたいくらい、好きやったってこと?」
「そう、だよ……ずっと前から」

謙也がどんな顔をするか、本音を言えば怖かった。泣くか、怒るか。俺の謙也との思い出は、最後はどうなるんだろうと怯えてしまう。

だから、謙也がいつもの人懐こい笑みを浮かべて安心したような表情を見せた時、俺は目の前の彼の存在が心底信じられなくなって、都合のいい夢を見ているのだと思った。

「よかった」

謙也の表情や言葉を、理解するのにとてつもなく長い時間がかかる。
まさか、謙也は、俺を許してくれるのだろうか。嫌われていたわけじゃないならよかった、といつもと同じ笑顔を見せてくれるのは、俺がこれからも友達でいることを、許そうとしてくれているのだろうか。

「ていうか、嬉しい」
「……えっ、?」

謙也の笑顔が、少しだけ照れたものに変わる。俺は、今度こそ理解が追いつかなくなって、素っ頓狂な声を上げてしまった。
嬉しい、のは何でだろう。俺の『好き』が行き過ぎた友情だと思われたのだろうか。謙也は俺を親友だと言ってくれることがあったから、それで俺からの友情が嬉しいのかもしれない。でもこんなことをする友達なんて嫌じゃないのか。気のいい友達のフリをして、自分を性の対象にしているようなやつなんて。
考えれば考えるほど頭がこんがらがり、謙也の真意が分からなくなる。
そしてそんな俺をますます混乱させるようなことを、謙也は言ってのけた。

「俺も好きやから、悠樹のこと」
「…………はあっ!?」

驚愕で思わず大声を出すと、うっさいわジブン!と謙也に頭をはたかれる。
こうやって、いつもじゃれあうみたいに謙也と話していることも、謙也が俺を嫌っていないことも、何もかもが嘘みたいで夢みたいで信じられない。
けれど謙也は確かに俺のベッドの上にいるし、叩かれた頭もきちんと痛みを主張している。これはちゃんと、現実なんだ。

「悠樹が勘違いしないように言うけど、俺の言うとる『好き』も、えっちしたいとかキスしたいとか、そういう好きやで」
「えっ、うわ、……うそ……」
「あほ、疑うなや!俺はウソなんかつかへんわ」
「いやっ、そうなんだけど!謙也ってウソつかないし、正直者だから……」

そこが可愛いなって思うこともたくさんあるけど、と一人考えながら、ようやく謙也の想いが現実のものとして体に染みてくる。
好きと、言ってくれた。俺と同じ想いなんだと。こんなに酷いことをしたのに、それでもまだ俺のことを好きだと言ってくれた。笑顔を見せて、少し照れて、好きな人にしか見せないような顔で。

「ちゅーか、ほんまに嫌やったら蹴っ飛ばしてさっさと逃げとるわ」
「えっ!?でも俺、無理やり……」
「俺、テニス部のレギュラーやで。腕力も足の筋肉も自信あるし、今日なんか悠樹は風邪ひいとるから力込めてるようで込もってへんし」
「……そ、そっか」

自分なりにはこの上なく力を入れて謙也の手首を掴んだつもりだったけれど、実際は全くそんなことなかったようだ。なんか俺かっこ悪いなぁと思う反面、あることに気付く。

(謙也、抵抗できるのにしなかったってことだよな……)

突き飛ばせるのに、無理やり襲う俺を突き飛ばさなかった。愛があるかも分からないセックスを受け入れてたんだ。それでも俺の下に敷かれたまま、俺がすることを全て認めてくれた。
今になって思い返してみると謙也の想いを感じて胸が優しく締め付けられる。そうだ、だって俺は謙也に腕相撲で勝ったことがなかった。そんな謙也が俺を受け入れてくれたのは、つまりそういうことだったんだ。

「なあ、家の人いつ帰ってくるん?」
「母さん今日は夕方のパートだからまだ帰ってこないよ。親父は会社の飲み会で遅いって言ってたかな」
「じゃあ、まだ……二人っきりってこと?」
「そう、だけど……」

謙也の声がちょっとだけ掠れているように聞こえて、よく顔を見てみると俺を見つめる瞳に熱が籠っているのが分かった。

「もっかい、シたい」
「けんや……」
「今度はキスも、ちゃんとしてな?あと手握ってほしい」

かわいくて厭らしくて、そんな謙也からの甘い誘いに首を横に振れるわけがない。
恋人同士の俺達は、そうすることが当たり前のようにとても自然に顔を寄せあった。唇が触れる直前、思う。ああ本当に、謙也のことが好きだ。心の底から大好きだ。

ベッドの脇に落ちている漫画も、さっきよりぬるくなったゼリーもポカリも、あんなに俺を虚しくさせたすべてのことが今は俺達を祝福してくれているように思えた。