花倉悠樹はクラスでもほとんど目立たないような大人しい少年である。口を交わすのは決まった友人数名で、例えば同じクラスにいる忍足謙也とは正反対の狭い交友関係を持っていた。
ワイシャツも制服のブレザーも第一ボタンまできっちり閉めている姿は真面目そのものであるし、事実、彼は授業態度も普段の素行も至って真面目な生徒だった。
身なりに気を遣わない性格なのか、毛量が多いのが彼の髪型の特徴だったが、クラスでも目立たない彼のそんなポイントを知っているのは数少ない友人達くらいだ。
前髪も長く、よく友人らには髪を切れよと言われるのだが、今度切りに行くよと答えて彼が本当に切りに行ったことはほとんど無い。いざ前髪が少し短くなったかと思えば、何やらセルフでカットしたとかで、イマイチしてもしなくても変わらないような手入ればかりなのである。
一方で、彼の在籍するクラスには白石蔵ノ介というキラキラした男子生徒がいた。
見た目もさることながら、成績優秀、テニス部部長という文武両道ぶりに、しっかりとした性格で教師や他の生徒からの信頼も厚い。遠くにいても彼のことはよく分かるほど目立った存在で、この四天宝寺という学校にいて彼の名前を聞かない日は無かった。
「失礼します」
保健委員である白石が頼まれていた備品を持って保健室へと行くと、保健医から、すまないね、と声が掛かった。持ってきた小さめのダンボールを、保健医から指示された場所へと降ろす。
「それから白石くん、悪いんだけどもう10分時間を貰ってもいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「本当に悪いね。職員室に書類を取りに行きたいんだけど、生徒が一人寝ててさ」
保健室に入った時から、一つだけカーテンの閉められたベッドがあることには気付いていた。確かに気にしてみると、寝息が聞こえてくる。
「ほら、昨日雨だっただろ?なんでも傘を差さないで帰ったとかで、熱が出ちゃったみたいで」
「そうなんですか……」
「ああ確か、花倉くんって言うんだけど、彼も2組の生徒だったはずだよ。もし待ってる間に起きたら声を掛けておいてくれないかな」
先生はすぐ戻ってくるからと言ってくれるだけでいいから、と言うと、保健医は白石を置いて保健室を後にした。ドアの前で掛け看板をいじる音がしたので、きっと看板を『不在』の文字に切り替えたのだろうと思った。
白石は、熱を出して寝ているという生徒の方に意識を向けた。暫くの間は規則正しい寝息が聞こえていたが、少し経ってから衣服の擦れる音と、小さな唸り声が聞こえてきた。
大丈夫かな、と心配になって、白石はカーテンの向こうを覗いてみることにする。クラスメイトの花倉と話したことはほとんど無かったが、起きたかどうかを確認するくらいは、と思ってカーテンを捲った。
花倉はまだ眠っていた。さっきのは少し寝返りを打っただけだったみたいで、瞼は閉じられたままだ。
「……っ」
息を呑んだのは、他でもない、白石だった。
白石は幼少期に姉に聞かされた眠れる森の美女という童話を思い出していた。目の前で眠る彼の性別はまごうこと無き男であったが、それが気にならなくなるくらい、綺麗な寝顔だと思った。
白石が思い出す花倉の姿と言えば、きっちり着込まれた制服と、長い前髪だ。その長い前髪があって、数える程しかない彼との会話でも目が合ったことは一度もない。
しかし今、彼の顔は何の障害もなく美しく晒されている。整った眉毛、長い睫毛、筋の通った鼻、薄い唇。普段見ることのできない彼の美しさに、白石は自分の心臓がしくしくと痛むのが分かった。
どれくらいの間そうしていただろう。ガチャリと保健室のドアが開いて保健医が戻ってくるまで、白石はずっと彼の寝顔を眺めていた。
保健医は途中で怪我をした生徒と会って一緒に連れてきたようだ。生徒が自分の怪我の説明をする声が少々大きく、その声に反応して花倉が身じろいだ。
そして、ゆっくりと目を開く。
綺麗な瞳と目が合った時、白石は生まれて初めての恋に落ちた。