「うわっ、おま、肩!」
騒がしい更衣室の中で一際大きな声が響き、白石と喋りながらジャージに着替えていた謙也は軽く首を振って声の方を振り向いた。
視線の先で捉えたのはワイシャツを脱いで今まさにTシャツを着ようとしていた悠樹だ。声を上げたのはその隣にいたクラスメイトだった。そういや、悠樹はよくあいつと一緒にいるな、と謙也はなんとなくそのクラスメイトを見る。彼はやたら興奮した顔をしていた。
「それヤバイで!?うっわ、えっろー!!」
「は?何が……」
「誤魔化すなて!歯型付いとるやん、肩に!」
「歯型って何のことだよ」
「なんや、お前自分で見てへんの?左肩の後ろの方に歯型付いとるで。写真撮ったるわ」
つい先日家に呼んでセックスをした時に付けた歯型のことを謙也は悠樹に言っていなかった。本人が知っていようと知っていなかろうと特段困ることはないだろうと思ったからだ。確かに体育の授業前の更衣室でこうしてクラスメイトに指摘を受けたわけだが、それが何か実害をもたらすわけでもない。
謙也は白石の着替えを待ちながら、クラスメイトが悠樹の肩の歯型をスマホで撮っているのを横目に眺めた。
「ほらぁ、な?」
「……え、こんなの……」
いつの間に、と悠樹が小さく呟いたのが聞こえた。クラスメイトは先程よりも楽しそうに悠樹に絡んでいる。二人の騒ぎを聞いて、他にも何人かの男子が悠樹の周りに集まった。
「お盛んやなー」とニヤニヤしながら何人かがからかって、悠樹は返事に窮しながら曖昧な笑顔で俯いている。
(そぉそ、俺らお盛んやからさぁ)
意味もなくえばったような気分になって、謙也は愉快な気持ちでその光景を眺めた。
真実を知っているのは俺だけかと思うと何だか楽しい。
確かに、この瞬間は楽しい気分だった。
翌日、学校に来てある噂を聞いてから最低な気分になるとは、この時は露にも思っていなかった。
***
次の日、謙也は朝練が終わった後の教室でさっそくクラスメイトの一人に声を掛けられた。
普段からふざけた話題でよく一緒に笑っているクラスメイトだ。朝からテンションが高く、肩に腕を組まれる。
「なぁ!聞いた?花倉って年上のえっろい彼女いるんやって。むっちゃ羨ましない!?」
「あ?なんやその話」
「謙也も見てたやろ?花倉の肩に歯型あったの。あれ彼女のらしいでー」
「はあ??」
横にいるクラスメイトは羨ましいと連呼するばかりで、謙也の不機嫌な顔と声には気付く様子はない。
一通り喋って満足したクラスメイトはやがて謙也の元を離れ、その場には不可解な苛立ちに包まれた謙也だけが残った。
(彼女とかなんやねん。あいつそんなんおらんし、どこ情報やボケ。あーなんっかイラつくわ)
窓際の一番後ろ、悠樹が座る席を見る。いつもより妙に男子生徒が集まっていて、聞き耳を立てなくても彼らの興奮した声は謙也の耳に入ってきた。
「彼女どんなんなん?どこで会ったん?」
「だから、そういうのじゃなくて」
「ええやん秘密にせんでも!昨日も会ったんやろー?彼女と!」
「彼女ってわけじゃ……」
悠樹が曖昧な返答をすればするほど、男子生徒達は盛り上がって勝手に話題を進めた。その様子を見て、謙也の眉間に皺が寄っていく。
なんなんあいつ。さっさと否定しろや、なに誤魔化しとんねん。歯型付けたんも俺やし、その席でお前にオナニーさせたんも俺やろ。お前は俺にめちゃくちゃされんのが好きなんやろが。なにお前に彼女おるとか意味わからん噂流させとんの?なあ?
「チッ」
苛立ちが高まり、吐き捨てるように舌打ちをした。
悠樹はまだ困ったように笑っている。その様子が、また謙也の薄暗い感情を刺激し、謙也は蹴り付けるように床を踏んで荒々しく自分の席へ座った。