title by 水声
初めて出会ったのは、通学路途中にあるコンビニの前でのことだった。
「うわ、ごめんね」
「い、いえ……」
お互いに友人の方を見て歩いていた俺達は、二人が二人とも、ぶつかるその瞬間まで相手の存在に気付けなかった。
ぶつかったのが肩だったか、背中だったか腕だったか、今ではもうまるで覚えていない。だって、その次の瞬間に目と目が合って俺達は運命の出会いを果たしたのだから。どことどこがぶつかったかなんて、そんなことは、もう些細なことなのだ。
運命の出会いを果たした相手の名前は花倉悠樹と言った。彼は通学路の途中にあるコンビニによく友達と一緒に寄っていて、店内で名前を呼ばれているのを何度か聞いたことがある。彼はコンビニでよくからあげ棒を購入した。毎月読んでいる雑誌はマガジンで、アイスを買うときはいつも違ったものを手にしている。
コンビニから道路を挟んですぐ向かいには少し大きな公園があって、彼はその公園で友人達とたむろしていることも多かった。
部活を終えた後の夕方7時半頃に公園やコンビニを覗くと、ほとんどいつも彼らの姿があった。
「悠樹ー、投げるで!」
「おー」
平日、いつもの部活終わりの時間。部活仲間達と別れて寄った公園に、今日も花倉くんの姿はあった。俺は公園に入るなり彼らのいる場所から離れたベンチに座り図書室で借りた本を開く。内容は入ってこない。なんならタイトルも把握していないくらいだ。
(かぁっこええ……)
悠樹くんはワイシャツの袖を捲って友人達とキャッチボールをしていた。空中に放られたボールを手に収める姿も、肩を振ってボールを投げる姿も、全部がかっこよくて胸が締め付けられる。
こんなふうに悠樹くんのことを見つめるようになって今日で何日目だっけ?頭の中で計算するとすぐに出てきた。コンビニや公園に悠樹くんが姿を現さないこともあったから綺麗に連続25日目というわけではないけれど、今日で累計25日目になる。
悠樹くんは、この近所の近くにある高校に通う高校生だ。学年は二年。初めてそれを知った時、自分たち中学生とは違うどこか落ち着いた雰囲気に納得した。
悠樹くんのクラスはE組で、今座ってる席は一番前の列で先生によく当てられるって、友達と笑っていた日もあった。好きな授業は体育で、嫌いな授業は古文。お昼にはパンをたべる事が多くてカレーパンが一番好き。毎週火、水曜日の放課後と土曜、日曜は駅ナカのカフェでバイトをしていて、友達いわく「先週の土曜にバイト中に告白されてた」って。
おれは、おれはね。
それを聞いて、悠樹くんってすっごく可哀相って、思ったよ。
だって悠樹くんの運命の相手って俺なのに。それなのに、そんな見知らぬ子から告白されて返事に困ったよね。悠樹くんかっこいいから周りが放っとかないの分かるけど、優しい悠樹くんが心苦しくなるのは可哀相だよ。
先々週は付きまとってた女とも関係を清算できてたよね?友人の誰かが悠樹くんにジュースを買ったり、肩を叩いて何だか慰めているようにも見えたけれど、あのとき悠樹くんが泣いていたのはやっと訪れた自由が嬉しかったからだって俺は知ってる。おれもね、嬉しかったよ。これでやっとなんの障害もなくなるねって。運命の出会いをした俺達が、ようやく自由にお互いを愛せるねって。
「なーそろそろ帰ろうやー」
「そうだなぁ」
悠樹くん達が駐めていた自転車のカゴにリュックやグローブを投げ入れて帰り支度を始める。ゴミを忘れて帰ろうとした友達を呼び止めて、「ポイ捨てはダメだろー」と笑いながら自分の分のゴミとまとめる悠樹くんはやっぱり優しくてかっこよくて、キュンと身体中が甘くなる。
俺は、本を持ったまま公園の出入り口に向かった。悠樹くん達がいつも使っている南側の出入り口付近に身を隠し、そっと悠樹くんの様子を伺う。
悠樹くんは公園を出てからじゃないと自転車に乗らない。公園の出入り口には中央に背の低いオブジェクトが3つ並んでいて、それのせいで自転車で通るには些か狭い。「チャリに気取られて歩行者とぶつかったら危ないだろ」と当然のように言う悠樹くんに影響を受けて、友人達も全員公園を出る時は自転車を押して歩いていた。
(ああ、くる。悠樹くんが、こっちに)
車体の左側に立って自転車を押す悠樹くん。悠樹くんが公園を出た時、俺は歩行者の振りをして悠樹くんの前に飛び出した。
「うわっ、すいません!」
「あっ、いえ!こっちこそ飛び出してすいません」
「いや俺がちゃんと前を見てなくて……。あっ、本が……」
悠樹くんは自転車を駐めて地面に落ちた本を拾うと、砂埃のついた中のページを見て眉を寄せた。
「ごめんなさい。俺のせいだ。弁償を……」
「そんな、ええですよ」
「でもこれ学校図書、だよね。四天宝寺中学校……って書いてある。ますますこのままじゃ返せないよ」
「でも……」
躊躇する様子を見せていると、俺達のやり取りを見ていた悠樹くんの友人のうちの一人に「こいつバイトしてて金あるから遠慮せんでええよ」と言われた。それを受けた悠樹くんも笑顔を見せる。
「そうそう。汚したのは俺だし、お金のことも君が気にする必要はないよ。弁償、させてくれないかな」
「……そこまで、言うなら……」
「よし。それじゃあ、これの新品を買って……君はこの公園よく来る?もしそうなら次会えた時に渡したいなと思って」
「あ、その本、返却期限が明日までなんです。それで……」
「そっか。だったら今日買って、明日の朝渡せるかな?どこか君が寄りやすい場所で待ち合わせをして……」
「ごめんなさいっ、俺、部活の朝練で朝が早くて。本を受け取ってる余裕が……ごめんなさい」
「いーよいーよ、君が謝る必要なんてどこにも無いよ。だからそんな、困った顔しないで」
ぽんぽん、と悠樹くんが頭を撫でてくれた。
おれは、おれはもう。こんなことされるなんてあまりに予想外で。比喩じゃなく本当に、身体が溶けてしまうかと思った。
「みんなごめん、今日は先帰ってていいよ。この子と本のこと解決してから帰るからさ」
悠樹くんの友人達はみんな公園を出て、自転車に乗って帰って行った。その場には俺と悠樹くんの二人と、悠樹くんの自転車だけが残る。
「じゃあ今から駅前の本屋に買いに行って、そのまま君に渡すのはどうかな」
「あ、はい、そうしてもらえるのが一番助かります」
「駅前まで行くと帰りがちょっと遅くなっちゃうけど、俺ちゃんと帰り送っていくから……って言っても、俺も今日初めて会ったし、信用できないよね」
困ったように悠樹くんが笑って、俺は慌てて首を横に振った。悠樹くんはそれを俺の気遣いととったのか、困った笑い顔は変わらなかった。
悠樹くんは今日が初めてって言ってたけど、わかるよ、急な出来事に戸惑っていて、あの日のことがすぐ思い出せないだけだよね。今日が初めてじゃないことも、俺達が運命の出会いを果たしたことも、後でちゃんと思い出してくれるって知ってるよ。
「ご両親、お仕事から帰ってる?」
「母なら帰ってきとると思います」
「そっか、じゃあ連絡入れてもらってもいいかな。心配すると思うし」
「……あの、携帯今ないです」
「え?あ、そっか。中学生だもんね。学校に携帯持ってかないよね、ごめん」
悠樹くんは制服のポケットからスマホを取り出すと簡単な操作をしてから俺にそれを渡してくれた。画面は既にダイヤル画面になっていて、後は番号を打ち込んで発信するだけの状態になっている。
「借りてもええんですか?」
「もちろん。でも、俺の番号で家の人が出てくれるといいんだけど」
「非通知やなかったら出ると思います」
「じゃあ大丈夫かな。それじゃ、掛けてもらってもいい?あと途中で一回俺に電話代わってほしいんだ」
俺は頷き、電話番号を入力した。発信音が五度、六度と続くが誰の声も聞こえてこない。俺は通話終了ボタンを押して悠樹くんを見た。他の番号にも掛けてみて、と優しく言われ、言う通りにする。今度は五度目の発信音で母親が出た。
母親に事のあらましを簡単に伝えると、あらそうなの?と呑気な返事が返ってくる。俺が容易に見知らぬ人に付いていく子どもではないと知っているから、悠樹くんが気にするほど母親は警戒をしていないようだった。
「じゃあ一回、高校生のお兄さんに代わるから」
俺からスマホを受け取り、悠樹くんが電話に出る。
「突然お電話してすいません。花倉悠樹と申します。先ほど僕の不注意で息子さんの持っていた本を汚してしまって……」
悠樹くんは俺より詳しく、だけど分かりやすく要点を掴んだ話し方で母親に事情を説明した。身分を明かすために通っている高校名は勿論のこと、自分の名前を漢字ではどう書くのかということも母親に伝えていた。
それらは全部、俺が知っているから情報そのものだった。名前の漢字だって、やっぱり間違えてなかったんだ。コンビニのレジで記入していた、ゆうパックの差出人名を確認した通りの名字と名前だった。
「はい。帰りは僕が責任を持ってご自宅まで送ります」
そんなやり取りを最後に、悠樹くんはもう一度スマホを俺に渡した。電話の向こうの母親は、さっきよりも上機嫌な雰囲気で声を弾ませている。それじゃあ気を付けて帰ってきてね、と型通りの言葉を最後に、電話が切れる。電話に出た高校生が想像以上に好青年で、母親の警戒心は1ミリも無くなっているようだった。
「電話してくれてありがとう。じゃあ本屋に行こうか」
悠樹くんの優しい笑顔が、俺にだけ向けられる。俺はそれだけで、身も心もぜんぶぜんぶ悠樹くんでいっぱいになった。
本屋へ向かって歩き出す。自転車を押しながら歩く悠樹くんと、その横で学生鞄を肩に掛けながら歩く俺。悠樹くんが、カゴに入っていたリュックを持ち上げて、「鞄この中に入れていいよ」と言ってくれる。だけど俺はそれを丁寧に断った。
だってこの鞄の底には、悠樹くんの電話番号が残った俺のスマホが入ってるから。万が一誰かに盗られるのが怖いから、しっかりと自分の手で持っていたい。
悠樹くん、非通知設定にはしてないんだもんね。だから悠樹くんに電話を借りて最初に掛けた俺のスマホには、ちゃんと悠樹くんの番号で着信履歴が残ってるよ。電話番号ゲットするの遅くなっちゃったなぁ。でも明日からは掛けていいかな?まだ早いかな?もうちょっと慎重に行ったほうがいい?
ねえ悠樹くん。
彼を知り己を知れば百戦殆うからずって言葉、あるでしょ。だから俺はね、悠樹くんのことたーくさん知ろうと思ってずっと偵察をしていたんだよ。
俺は、25日使って悠樹くんのことをいっぱい知った。だから今日やりたかったことも全部うまく行ったし、これからだってきっとうまく行く。
だから悠樹くんも俺のことを知って?25日使って、俺の生活や心の中や考え方を知って?
それで25日経って俺のこといっぱい知ってくれたらさ、今度はお互いのカラダのこと深く知ろうよ。俺も悠樹くんが好きなトコロたくさん見つけるから、悠樹くんも、俺が気持ちよくて死んじゃいそうなイイトコロを、指や舌や悠樹くんの熱いので、探して見つけてよ。
ねえ悠樹くん。俺、楽しみに待ってるからね。