このところ、謙也と悠樹のセックスの回数は目に見えて減っていた。
忙しいとかそういう訳ではなくて、謙也が悠樹をセックスに呼び出す回数が減ったからだった。まず謙也は学校で性行為に及ぶことをやめた。空き教室とは言え不意に人の訪問があるかもしれない、そうしたら、悠樹の痴態がどこの誰とも知れない奴に見られることになる。それを考えると何だか面白くなくて、謙也が悠樹をセックスに誘うのは自分の部屋か悠樹の部屋だけになった。
けれど謙也にも悠樹にも弟がいて、両親が不在でも弟が家にいるとやはり謙也はセックスをやめた。以前家に呼んだ時は隣部屋に弟の翔太がいる中で悠樹を抱いたが、今なら絶対にそんなことはしないと謙也は思った。なぜ?の部分は相変わらず分からない。けれど、声を洩らさまいと自分の指を噛む悠樹の姿と、歯型がついて傷だらけになった指が忘れられないのだ。それだけが一つ確かな感情だった。

「……はー……」

家族が寝静まった後、自室のベッドの上で謙也は切なげに溜め息を吐いていた。見つめているのはスマホの画面だ。悠樹とのやり取りを見返して、いちいち気持ちを落ち込ませている。

「…………セックスの話しかしてへんやん」

今日昼いつものとこ来て。
放課後俺の家。
そっちの家寄って帰るから。

全部が全部セックスをするために送ったメッセージだ。悠樹からの返事はいつも『わかった』か『うん』だった。今までは特に気にならなかったし、何なら返事なんて見ているようで見ていなかったようなものだが、改めて見てみると何故だか寂しい気持ちに襲われる。

(他の奴にはもうちょいバリエーションある返事しとるんやろな……スタンプとか使ってさ……)

こんなに殺風景な画面になるのはきっと俺にだけだ。でも確かに、そうやって有無を言わせない態度をとってきたのは紛れもなく自分自身だった。拒否権なんかないと、良いように刷り込んできた。

謙也はまた溜め息を吐く。
遊びに、誘ってみたかった。セックスをしない二人だけの時間を過ごしてみたかった。そうしたら、悠樹の笑った顔をまた見れると思った。どうして悠樹の笑顔を焦がれているのか、そう思う自分の真意はよく、分からなかったけれど。

「なんて言うたらええんやろ……」

遊びに誘う言葉が見つからなかった。いくら画面を過去に戻してもセックスが絡んだやり取りしかしたことが無いし、そのやり取りでさえ、行為の回数が減った今ではもう一週間前のことだ。
急に遊びに誘って、断られたら、と思うと情けないことに怖くて文字が打てなかった。けれど断られたその先の、何をこんなに恐れているんだろう。考えてみても、自分では答えが探せない。

「あーもーやめやめ!寝よ!」

スマホを放り投げて、ぎゅっと瞼を閉じた。暫くの間はぐるぐると思考が止まらなかったが、悩み疲れていた謙也はそのうちに眠った。


*****


「はー?相談?」
「ユウジにしか聞けへんねん」

翌日、謙也は人のいなくなった教室にユウジを呼んで改まった声を聞かせていた。今日からテスト前週間で部活動がなく、おまけにたまたま自クラスに誰の姿もなかったのだ。時間があって場所もある今が相談のチャンスだと思った。

「あ、あんさぁ……、俺その、セフレおんねんけど。今まで結構ヒドイことしたり冷たくしてきてて、でも最近そいつとセックス以外のことしたいっちゅーか、遊びに行きたい、とか思うねん」
「へえ」
「それで、そいつのこと遊びに誘いたくて連絡しよとか何回も思ったんやけど、いい言葉が見つからんし何も言えへんくて。それになんか……自分の気持ちも持て余すっていうか、なんでこんな怖かったり焦ってんのかもよう分からんし……」
「え、お前、自分がなんでそうしたいか分かってへんの?」

驚いた声を上げるユウジに、謙也が頷く。それが分かってればもう少し楽に構えとるねん、と続けて小さく呟いた。

「お前さー、そいつが他のやつと仲良くしてる時に腹立ったりした?」
「……した」
「で、そういう時に一番焦ったり?なんの話してんやろ、俺といるより楽しいとか思ってんのかな、て」

見透かされたような物言いに、謙也は呆気にとられ頷きだけをなんとか返す。いつから自分がそんな感情を抱くようになったかなんて覚えていないけれど、悠樹が誰と何をしているか、が今日も気になって仕方なかったのは紛れもない事実だった。

「そう思うの、そいつだけ?他のやつが自分以外と楽しくしててもなんも思わへん?」
「当たり前やん」
「じゃ、決まりやろ。お前そいつのこと好きやねん。オナニーのオカズにしてたら完璧や」

自慰のネタにもしていた謙也は、とうとう驚きで返事を返せなかった。以前までは悠樹で抜いたことなど一度もなかったし、そうしようと思ったこともなかったのに、特にセックスの回数が減った最近では自分を慰める時には必ず悠樹のことを考えている。

「や、でも……好き?俺が?あいつを……?」
「思い返してみたら色々あるんちゃうの?あー俺確かにアイツのこと好きやったかもしれんな、て思うようなん」

彼女がいる噂が流れて面白くなかった。悠樹とそういうことをしてるのは俺だと心の中でよく舌打ちをした。笑顔をかわいいと思ったし、それを、自分だけのものにしたいと思った。自分のことだけを切ない声で呼ぶのかと思うと気持ちが充たされたし、本当は、そうやって自分の名前を呼ぶ唇にキスしてみたいと思ったこともある。

「……そう、かも……。なんかその、結構、かなり……」
「気付かんだけでめっちゃ好きやったんやろ。今日気付けただけで大きな一歩やん」
「けど俺、ほんまに今まで酷かったんやで。色々無理なことさせたし、向こうの話とか気持ちとか全然聞いてこおへんかったし。好きなやつにそんなことする?普通せえへんやろ」

そうだ、自分には、無くすことの出来ない過去の仕打ちがある。
悠樹の穢れのない美しい気持ちを踏み躙って、いいように弄んできた。自分の好き勝手に振る舞って、身体を暴いてきた。それこそ悠樹がもう自分のことを好きじゃなくなっていたって可笑しくないくらいに。

「やから、そん時は別に好きちゃうかったんやろ。そんだけの話やん」
「……」
「あんなぁ、未来のこと分かって行動できてたら誰も苦労せえへんって。過去のことが気になるなら、謝ってやり直せ。セフレの関係やめよ言うて、今はお前が好きやから、好きになってもらえるよう努力するとか、『今の』気持ちを伝えたらええねん」

謝って、やり直す。
それこそが最も適切な行動で今自分がやるべきことだと、謙也の胸にストンと落ちてくる。セックスだけの宙ぶらりんな関係をリセットし、過去の過ちを詫びて、そうして初めて謙也は自分が悠樹を遊びに誘うための言葉を口にできると思った。
謝っても許してもらえないかもしれないし、遊びに誘っても断られるかもしれない。それはすごく怖いことで、怖いと恐れるのは、『好きな人に拒絶されるから』だと、ようやく謙也は気付くことができた。けれど、悠樹だって告白をしたとき怖かったのだ。だから自分だけ逃げるわけにはいかなかった。

それに、怖いからと逃げ出して諦められるような簡単な気持ちでないことも、自分の本心に気付いた謙也は体中で自覚していた。