どうにも寝付けず、謙也はベッドの上で仰向けになりながらボーッと天井を眺めていた。まだ早い時間とは言え部活で疲れている体はすぐにでも眠れそうなのに、全く睡魔が襲ってこないのは悠樹のことを考えているからだった。
セフレの関係をやめてから二週間。悠樹とは、未だきちんと話せないでいる。
教室で見かける悠樹の姿を思い出して切ない気持ちになった。
ずっと前を向いている背中には決して触ることはできず、時々後ろの席に用があって振り向いた彼と目が合うと一瞬で逸らされる。後ろの席というのは、前の方でどんなやり取りがされているのかと言うことが嫌でも目に入るようになっていて、つまり悠樹が他のクラスメイトと談笑している姿を毎日のように見なければならなかった。
悠樹が誰かと笑うたびに黒い感情と身を焦がすような焦燥感に襲われた。
そんなやつにかわいい顔を無防備にさらすなよ、笑った顔は俺だけに見せてよ。そんな風に子供みたいな独占欲は、何をしていなくても謙也の中で大きくなっていった。
「っ……!」
スマホから通知音が響き、謙也は飛び起きてスマホの画面を確認した。まさか、もしかして、と思いながら画面を見る。
「……なんや」
通知音が知らせていたのは、クラスメイトが全員登録しているグループへ届いたメッセージだった。
『緊急!今週の土曜日に暇な人集まってボーリング大会しよ!』
そんなメッセージが届き、レスポンスの早いクラスメイトの何人かが嬉しそうな返事を返している。謙也は少し考えて、断りの返事を打った。土曜日は朝から午後まで部活がある。
『俺部活やから行けへんわ』
ポン、と小気味良い音と一緒に送られた文面は、誰かの返事と同時に画面に表示された。タイミングの被った相手を見て、謙也の身体が一瞬で熱くなる。
『ごめん。その日用事があって行けない』
悠樹、だった。
同じように断ろうと考えて、文字を打って、似たようなタイミングで送信ボタンを押したのかと思うと、謙也は例えようのない喜びに包まれた。同じ時間に同じことをしていた、という事実が嬉しい。こんな些細なことで、謙也の胸は甘く締め付けられた。
本当は、悠樹が行くと返事をするならどんなに参加できる時間が短くても構わないから出席しようと思っていた。けれどそうすることもなくなった。悠樹が断ったからだ。
(……けど……用事って、なんなん……?)
嬉しくて熱くなっていた心臓は、一瞬でヒヤリと冷たい鼓動に変わる。用事があるから行けないと言っていた。用事とは、なんなんだろう。
家族と出かけるのだろうか、勉強をするのだろうか。誰かと、休日を一緒に過ごすのだろうか。
嫌な音を立てる心臓に促されるように謙也はスマホの画面を確認した。悠樹はあれきりグループの会話には参加していない。見てみると、自分や悠樹の他にも『用事があるから』と断っているクラスメイトが何人かいた。
このうちの誰かが土曜日を悠樹と一緒に過ごすのだろうか、と謙也は思った。
自分が過ごそうとしてこなかった、楽しくて賑やかな二人きりの時間を過ごし、悠樹のことをたくさん笑わせるのだろうか。
「っ、ああ、クソ!」
行かせたくない。自分以外の誰のことも見てほしくない。俺と笑ってほしい。俺にだけ笑ってほしい。
伝えたいのに、何一つ言えやしない。
自分にそんな資格がないことは分かっていた。だから苦しかった。そして謝りたかった。
けれど未だに謝ることもままならないまま、自分の気持ちばかり大きくなっていく。比例するように自分達の間の距離は広がっていくばかりで、負のスパイラルに雁字搦めにされる。
『俺部活やから行けへんわ』
『ごめん。その日用事があって行けない』
画面上に表示される二人の文字はすぐ近くにあるのに、現実では誰よりも遠いところにいる。
謙也はぎゅっと眉を寄せ、スマホを枕の横に投げ置いた。
「……悠樹」
名前を呼ぶと、この部屋で身体を重ねた時の光景が頭に浮かんできた。悠樹が帰った後、枕に悠樹の髪の毛が付いていることがあったことをふと思い出す。今は何も残っていなければ、悠樹の匂いも綺麗に消え去っていた。
「っ……悠樹、」
でも確かに、ここで抱いたんだ。
記憶の中で蘇る悠樹の熱を思い出して、謙也は性器に触れた。悠樹のことを想うとそこはすぐに固くなり昂ぶりを見せる。
「悠樹、っ悠樹、好きや、好き」
シュ、シュ、と乾いた音が室内に響く。
思考の底で、謙也は悠樹を優しく抱いた。自分勝手なセックスではなくて、愛する人を労るような、そんなセックスだった。
「悠樹も……っ、おれんこと、好き言うて……っ」
頭で描く自分達は両想いだ。だから謙也が悠樹に好きと伝えると、悠樹は嬉しそうに笑ってくれる。
記憶の中にある彼の切ない声が、好き、と想いを告げるために紡がれた。
その言葉を想像して自身を慰めると、謙也はあっという間に果てた。
「は……、虚し……」
悠樹との優しいセックスなんて知らない。悠樹が情事の最中に切なく「好き」と言う声も知らない。
やろうと思えばできたのに。聞こうと思えば、聞けたのに。悠樹の気持ちを真剣に考えて受け止めて、自分が彼をどう思うかを、もっと真面目に考えていれば。
一人分の熱が漂う部屋で、後悔と孤独は謙也の胸を苦しめた。