帰りのHR中、謙也は担任の話もそっちのけに一番前の席に座る悠樹の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
こうして謙也が悠樹のことをじっと眺めるのは珍しいことではなかったが、悠樹がその視線に気付いて振り返ったことは一度も無い。謙也の席からは席に座った悠樹がクラスメイトと話している姿がよく見えて、その度に謙也は嫉妬心と焦燥感で不機嫌に眉を寄せた。
「つい昨日この辺りで不審者が出たらしいからみんな一人で帰らないように。テスト前だが、居残りもダメだぞ」
担任の言葉にクラスが少しざわつく。お調子者の男子生徒がふざけて女子をからかっているのを見て、担任が付け加えた。
「どうもなぁ、昨日被害に遭ったのが男子生徒らしい。だから女子はもちろん、男子も十分気を付けるように」
担任の注意喚起を最後にHRが終わり、生徒達は思い思いに教室を出て行った。今日はテスト前で部活がなく、謙也もすぐに帰路につく予定だ。しかし謙也には一つの思惑があった。
悠樹を、帰りに誘おうと思っているのだ。あんな不審者の話を聞いては彼を一人で帰したくないと思うし、家まで送っていく役目を果たすのは絶対に自分だけがいいとも思った。
それに、こうやって帰りを誘うことが出来たら少しは距離が縮まるかもしれない。心配だから送ると、それだけ言えばいい。不謹慎にも、不審者情報はうってつけの口実だった。
「悠樹、」
呼ばれた悠樹は不意打ちを受けたような表情で謙也を振り返った。悠樹は戸惑いを隠せない様子のまま謙也の言葉の続きを待っている。
「あ、あのさ、今日一緒に帰らへん?」
「え?」
「や、ほらっ不審者おる言うてたやん!一人で帰らん方がええって!テスト前やから俺部活ないからすぐ帰れるし、先生が居残りあかん言うてたから……、悠樹、も、すぐ帰るやろ!?なんか他の奴らさっさと帰ってしもーたし一緒に帰れるん俺と、悠樹くらいやん!」
久しぶりに話せたことが自分で思っている以上に嬉しく感じているらしく、謙也の口は聞いてもいないことを次々と教えた。
言葉が止まらなかったのは、悠樹のリアクションが怖かったせいもあるのかもしれない。彼がなんと答えるか、謙也は自分の心臓の音を聞きながら待った。
「でも、俺と謙也の家ってそんなに近くないからあんまり意味ないんじゃないかな……。謙也、他のクラスにも友達いるだろ?その子と帰りなよ」
「えっ、や、っ、それもそう、なんやけど……!」
断られた、でも今名前を呼んでくれた、悲しみと嬉しさが一緒に込み上げてきて、謙也の頭の中は整理がつかず雑然としてしまう。
「じゃあ俺帰るね」
「えっ!ちょ、まっ……、」
「なんだー?お前たちまだ帰ってなかったのか?」
離れていきそうになる悠樹の足を止めたのは、不意に教室に響いた担任教師の声だった。間一髪、と謙也は胸を撫で下ろす。
「不審者の話、聞いただろ?早く帰った方がいいぞ」
担任の言葉を受けて頷いた悠樹はまたそそくさと教室を出て行こうとする。謙也が焦って悠樹を引き留めようとすると、それよりも先に担任が声を掛けた。
「おいおい花倉、先生の話聞いてなかったのか?今日は男子も一人で帰らない方がいい。謙也も一人なら途中まで一緒に帰ったらどうだ?」
「そっ、そうそう!そうやって!ほなセンセイまた明日!悠樹、行くで!」
ナイスアシスト!と謙也は心の中でガッツポーズをした。困惑している悠樹を言葉で促し、一緒に教室を出る。
下駄箱で靴を履き替える謙也と少し距離を置いたまま、悠樹は遠慮がちに謙也の名前を呼んだ。
「……さっきも言ったけど、家遠いから俺と一緒でもあんまり意味ないよ。別の子と帰った方がいいと思う」
「やっ、だからその〜……っ、俺のための防犯やなくて悠樹のための防犯っていうか……!」
「俺の?」
「他のやつと帰っても意味ないねん。悠樹、が心配やから、俺が一緒に帰りたいから」
悠樹は一瞬驚いた顔をして、困ったように視線を逸らした。