略奪者はあなたがいい

 


資産家の豪邸。城じみたその屋敷で一人佇む。だだっ広い書斎のこれまた大きな机に、行儀悪くも腰掛けて。
あれ以降、快斗からの連絡には返事どころか既読すら付けていない。なんだか気まずくて…いや、気が乗らなかったから。
深くため息をついた。それでも心の奥底から
彼はもう仕事を終えただろうか。祈るように閉じていた目を開く。
全ては賭けだった。

「…瑠璃?」

快斗が、私を見つけるのも。
そう、ここは今夜の怪盗キッドの舞台。時間を置いて宝石の返却に来たのだろう彼は、訝しげでいて安心したような表情を浮かべてこちらに歩を進める。
彼の元へ寄り迎える気にはなれず、拳を握りしめてただ近づくのを待つ。私は今どんな顔をしているんだろう、とぼんやり考えた。

「オメー返信ぐらい、……? どうした?」
「……えっ、と」

覚悟を決めてここに来た。あのことを、聞くために。
なのに私の口は思うように動いてくれなくて、彼の顔を見つめていられなくて視線を逸らして。カラカラに乾いた舌が重い。

「ちょっと…聞きたいことが、あって」

なんとか絞り出した声。心臓が早鐘を打つ。聞いていいのか悪いのかわからなくて、だけどどうしても真実を知りたくて。ずっと私の中で引っかかっていたこと。

「この間、一緒にいた女の子…なんだけど」

言葉を選びながら慎重に発言する。声が震えて、心のなかで情けないと自分を叱咤した。
あれから色々考えに考え抜いて、私が出した答えは至って単純で。
それは「女の子と快斗の関係を聞き出す」ことだった。

「…青子のことか?」
「青子、さん」

あの子は青子さんっていうんだ。いつなのか詳しく言っていないのにすぐ彼女の名前を思いつくなんて、よっぽど仲がいいんだろう。心臓がきゅっと痛くなる。
俯いたまま思考を巡らせ、何も言えなくなってしまう。
そんな私に快斗は、いつもどおりの笑顔を向けた。

「青子はただの幼馴染だよ」

自然に心の奥底まで落ちてきたその言葉は。ふわりとほどけて、溶けてゆくようで。
ただの幼馴染。確かに彼はそう言った。それが嬉しいと思ってしまった。
黙っている私に、快斗はさらに続ける。

「だから、そんな顔すんな」

するり、と指が私の目元をなぞる。溢れてもいない涙を拭うようなその仕草。
意識してしまい、かっと頬が熱くなった。

「嫉妬した?」
「っ、するわけないでしょ」
「…本当に?」

どさり、と大理石で出来た机に押し倒される。
彼の体温を直に感じ、ますます恥ずかしくなってしまう。身じろいでも逃げ出せず、どうしたものかと頭を抱えた。

「ちょっと! やめなさいよ!」
「やーだね。本当のこと言うまでやめない」

私の手首を押さえつける手に力がこもる。ついでに顔を覗き込まれ、目を逸らした。
早く言えという圧に耐えられなくなった私は。

「……した」
「えー? 何だって?」
「っ、嫉妬したって言ってるの!」

勢いで言ってしまった。後悔しても遅い。
恐る恐る視線を戻せば、嬉しくてたまらないといった表情の快斗がいて。

「その瞳が堪らなく私を惹きつけるんですよ…」

顔を真近に近づけてそう言われ、思わず息を呑んだ。
彼の竜胆色の透き通った瞳から目が逸らせない。

「それに…瑠璃さんは可愛すぎる」
「は、?」

疑問の声を上げる。可愛い?何が?
そんな私にはお構いなしに快斗は言葉を紡ぐ。

「好きなんです、あなたのことが」

ストレートな言葉に息を詰まらせてしまった。
あまく溶けた表情。喉元を伝う指先がひどく優しくて。

「愛しくて愛しすぎて、」

確かめるように零される言葉。
何が起こっているのか分からなくて、頭がパンクしそうだ。
くしゃ、と快斗の顔が歪む。

「もう、離してやれない」

苦しげなその声に体が震えた。私の目尻に盛り上がった涙が今度こそ溢れ、頬を伝っていく。
上体を起こした快斗に、両の腕を差し伸ばす。
自分でも酷い顔をしているとは思うけれど、それでもなんとか笑って。

「全部奪って? ──月下の奇術師、怪盗キッドさん」
「…あなたは、ずるい人だ」

強い力で思い切り抱きしめられ、それでも苦しさより嬉しさが勝る。
快斗のものになるのがこんなに嬉しいだなんて、思わなかった。

「あ…」
「朝か…」

ガラス張りの大きな窓から射し込む、薄い、けれど力強い光。
部屋の中を舐めてゆくそれに、快斗が目を細める。
それでも、手は私のことを掴んだまま離れない。心臓がぎゅう、と音を立てた気がした。
そっと彼の横顔を眺める。朝日の中で見たキッドの、怪盗の姿はどこか神秘的で。
私はきっと、この時最大の恋をした。


 

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