本日、決戦につき

 


16時40分。パーカーとデニムに着替え帽子を被った私は、玄関にある鏡の前で最終チェック。この姿で会うわけではないけれど、やはりどうしても気を配ってしまう。
ついでに持ち物の確認もして、これで準備は万端。よし、と独りごちる。

「あらあら、気合い十分ですこと」

声のする方に視線を移せば、使用人が立っていて。見られていたのか、と気恥ずかしくなる。
ホルスター入りの拳銃を手渡される。おっとりとした60代前半の女性にはあまりに不釣り合いなその武骨な銃に、いつものことながら少し戸惑う。
代々橘家に仕えており私が生まれるずっと前からこの家にいる彼女からすれば、もはや当たり前のことなのかもしれないが。

「ありがと。じゃあ、行ってくるね」
「お気をつけて、瑠璃様。それにしてもやけに機嫌が良いですね」

め、目ざとい…。確かにこんなに早い時間から現場に向かおうとしていることなど滅多にないし、浮足立ってしまっているのは事実か。まだまだだなぁと苦笑した。

「今日は何か特別なことでも?」
「特別…そうね」

引き戸を開ける。夕日がそこらじゅうを照らし、庭一面がオレンジに染まっている。
これから、夜が始まる。
彼と私の夜が。

「デートよ」

呆気に取られたような顔の家政婦に笑いかけ、扉を閉めた。


 ▽


いつもの黒装束に身を包み、天井裏に潜る。場所が城なこともあり、まるで忍者のようだ。
予告状の内容を元に、キッドが侵入するであろう場所や盗み方などの仮説を見直す。。
…しかし暇だ。もしかしなくても、早く来すぎたかもしれない。下調べなんてとっくに終わっているし、見取り図だって頭に叩き込まれている。
見回りにでもいくか、とトイレで警官に変装し、当て所もなく廊下を徘徊する。

「お疲れ様です」
「お疲れさ……いや、ちょっと」
「へへ、バレた?」
「バレるわ」

溜息をついた。目の前にいる警官は、同じように変装したキッド。しかも私が変装したのと全く同じ顔に体型。

「人の変装真似しないでよ…」
「いやぁ、天井裏から男子トイレに入る瑠璃が見えたからつい」
「ついじゃない! ていうかどこから見て…」

そういえば天井裏が暑かったし埃まみれだったから一度ボディースーツを脱いだ、ような…。まさか、着替えてるのを見られていた、なんてことは…ない、よね。
だが彼は悲しいことに予想を裏切らず。

「お前って意外と胸あ…おっと」
「なんで見てるのよこの馬鹿!」

にやにやと笑う快斗に突きを入れるもすんでのところで躱される。くそっ、このエロ怪盗め…。
とにかく、と私は咳払いをする。仕切り直さなくては。

「今回は負ける気ないから」
「へーいへい。ま、期待せずに待っててやるよ」
「そうやって余裕こいてれば? 足元掬ってやる」
「いーぜ、その代わり負けたほうが罰ゲームな」
「は!?」

すれ違いざまに囁かれた言葉にふざけるな、と声を荒らげ振り返るが、既にキッドの姿はなかった。
罰ゲーム…一体何なんだ、と首をひねっても何も思いつかない。
いや、こんなことをしている場合じゃない。もう一度最初からキッドの出方を考えなくては。
今日こそはあいつの裏をかいてやる、と意気込んだ。
泥棒として。怪盗キッドの──恋人として。





  今夜も君を待っている END

 

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