秘密の眠る場所

 


「私に警官を押し付けて逃げたな、貴様!」

またキッドと犯行現場で鉢合わせ、しかも今度は警察に追われる羽目にまでなってしまった。
しかし変装をしていて良かった。私はモノクル一つで顔を隠したつもりになっている怪盗とは違い、自分の姿は誰にも見せない主義だ。でないと私生活に影響を及ぼしかねない。

「おい、聞いているのか!?」

いくら声を荒げてもキッドは口角を上げるだけ。
暗い森の中に二人きりで睨み合う。いや、睨んでいるのは私だけなのだけれど。
撒いてきた警察はまだ今日の現場だった豪邸内を捜索中だろう。

「まあまあ、そう怒らないで。可愛らしいお顔が台無しですよ?」
「顔なんて見てもいないくせに、よくそんなデタラメが言えるな…!」
「では──出鱈目ではなく、真実にしましょうか」

完全に、不意を突かれた。
一瞬で間合いを詰めたキッドに手から構えていた拳銃を叩き落とされる。
腕を頭上に一纏めにされ、足の間に膝を割り込まされて固定されれば。ただでさえ体格差のある男と女。
最早私に、抵抗する術はなかった。
木の幹を背にして睨めつけるが、彼が動じる様子はない。

「く…っ」
「ああ、やはりいいですね…その目」

顎を指で掬い上げられ、顔を近づけられる。
驚愕に目を見開けば、キッドの蕩けた目と生唾を飲む音がして。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
これは、やばい、と。

「月光差し込む森の中が秘密の眠る場所とは、なんともロマンティックではありませんか?」

ゆっくり口布をずらされ、素顔を露わにされる。あぁ、誰にも見せないって決めてたのに。
ぎりりと歯を食い縛る私とは裏腹に、嬉しげに唇を吊り上げるキッドの憎いこと憎いこと。

「おやおや…世間を騒がす泥棒がこんな子供とはね」
「…っあんた、だって変わらないでしょ」
「へえ?」

目を細めるキッドに虚勢を張って笑いかける。ここまで近ければよく見える。端正な顔立ちと、皺のないきめの細かい肌に、髪の艶までもが。

「面白ぇ…益々オメーが欲しくなったぜ」

拘束が緩んだと思えば、より一層近づく顔。青紫の澄んだ瞳で見つめられ、動けなくなる。目をそらすこともできず見つめ合っていれば、不意にキッドが瞼を伏せて。

「な、──っ」

キスを、された。
それは一瞬のようで永遠のようで。唇を触れ合わせる、たったそれだけなのに。
──熱い。

「…今日はこんなところにしておきましょう。では、また」

いつの間にか閉じていた目を開ければ、そこにもうキッドの姿はなく。
なんだから力が抜けて木の根元に座り込む。

「…何なの、一体」

独りごちる自分の声が思ったよりずっと弱々しくて。誤魔化すように未だ熱を持っている頬を擦った。


 

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