脳を占領されました

 


最近、悩みすぎて眠れない夜を過ごすことが多い。原因は勿論、この間のキッドの行動。
顔を見られたこともそうだけど、それ以上に──彼と、キスをしたこと。あの柔らかい感触がどうしても頭から離れなくて。
馬鹿らしい、と頭を振って時計を見た。もうすぐ怪盗キッドの犯行予告時間だ。今夜は次の現場の下見だけをして帰るつもりだったが、ついつい近くまで立ち寄ってしまった。
今回は、鈴木財閥がパーティーで公開する宝石を狙った犯行のはず。とりあえず会場であるビルの屋上に向かう。ビルの構造上、逃走経路として一番考えられるのがここだからだ。
ここまで来たのは、あの夜のことを問い詰めたい、という思いと、それから…それから? わからない。
とにかく、このモヤモヤした気持ちをどうにか晴らしたくて、キッドに会えばそれがどうにかなるかもしれないと考えたから。
しかし眠い、と欠伸をひとつ。睡眠不足で頭が割れそうに痛かった。

「本当にここで待っていれば、キッドが来るんでしょうね?」

思いもよらない子供の声に、思わず肩を跳ねさせる。声は入り口近くにある大きな室外機の後ろから聞こえてくるようだ。

「あぁ、奴が逃げるのに使うのはここで間違いねーよ…だからお前らは」
「イ・ヤ・だ!」
「コナンくんだけずるーい!」
「そうですよ!僕らみんな揃って少年探偵団なんですから!」

…どうやら探偵ごっこ中の子供たち、らしい。いや、コナン…という名前には聞き覚えがある。確かキッドキラーと呼ばれ鈴木次郎吉に気に入られている小学生ではなかったか。そっと様子を伺えば確かに新聞で見たことのある子供がいた。
しかしこのままここに居られても邪魔だ。手早くビルの警備員に変装する。

「君たち、ここで何してるんだい?」

後ろに回って声をかければ、一様にぎくりと体を固まらせる少年少女。

「け、警備員さん…」
「かくれんぼならもっと、」

──パンッ

違うところでしなさい、と言う前に響いたのは、銃声。次いで階段を駆け上がる複数の足音。
体を強張らせた子供たちを庇うように前に立ったところで、屋上のドアが勢いよく開け放たれた。
出てきたのは、怪盗キッド…だけではなく、見知らぬ二人の男女を加えた三人。彼の姿が見えた途端、少しだけ心臓が跳ねたがそれどころではないと自分を叱咤する。
しかも男性の方は銃を構えていて、これはまずいなと眉を顰めた。

「キッドォ!もう逃がさねえぞ!」
「それは元々私たちが盗むはずの物だったのよ!」

男女が次々に叫ぶ。
あぁ、獲物をキッドに先回りして盗まれた同業者か。気持ちはよくわかるのが辛いところだ。

「よく言われますよ。しかし銃を向けるとは…無粋な」
「黙れ! てめえの美学なんざ知るか!」

続けざまに発砲されるが難なく避ける怪盗。
幸いなことにこの同業者であろう男女は、物陰に身を潜めていた私達には気づいていないようだ。それもキッドに視線を奪われている間だけで、彼がここから逃げでもすればすぐ見つかってしまうだろう。
こうなれば仕方ない、それにここにいるのは子供だけだし大丈夫だろう…と息を殺していた子供たちに振り返る。

「みんなはここで静かにしててね。大丈夫、すぐ終わるから」
「え、おじさ…」

コナンくんが何かを言い終える前に、変装を解いた。
男物のボディスーツ姿になった私を見て息を呑む彼らを背に、軽く地面を蹴る。たったそれだけの動作で男女の背後に立つ。
急に現れた私に驚愕の表情を浮かべるキッドはとりあえず無視し、まずは銃を持つ男の首に腕を巻きつける。そのまま力を込めれば簡単に気を失い、その場に頽れる男。

「は、ちょっ──」

慌てふためく女の腹には突きを一発。同じように倒れ重なった男女を見て一息ついた。

「いやぁ流石ですね。実に鮮やかだ」
「これに懲りたら拳銃ぐらいは持っときなさいよ」
「私の手に握られるべきは、無骨な鉄の塊ではなく、お嬢さんのその白く美しい手ですよ」
「…言ってろ」

気障な台詞と共に拍手をするキッドに苦言を呈す。なるべく普段通りに接そうと、胸の高鳴りを誤魔化して。
それにしても眠い、と目を擦った。出来るなら早く帰りたいけれど…今日は果たして、眠れるだろうか。
男の拳銃を遠くへ蹴り、さて子供たちは、と振り向けば少女を先頭にこちらへ駆け寄ってきていた。

「すげーな!」
「お姉さん、ありがとう!」
「格好よかったです!」

三人に目をキラキラさせながら言われ頬を掻く。しかしなんで女だってバレて…あ、声と口調が素のままだからか。ミスった。
その向こうからゆっくり歩いてくるコナンくんともう一人のクールそうな少女。小声で何事か話しているようだ。

「…まさか、奴らの」
「違うと思うわ。雰囲気も臭いも違うし、それに──」

いまいち内容が掴めないけれど、それよりも。一向に自分から離れようとしないこの少女、どうしたものか。

「ねえねえ、さっきのどうやったの?」
「んー…秘密、かな」
「ええーっ」

むくれる彼女の頭を撫で、さてどうやって逃げ出そう、と思案を巡らせていたその時。

「こっ…このクソアマが──っ!」

汚らしい叫び声に金属音。しまった、完全に気絶させられていなかったのか…!
振り向けば小型拳銃を構える女。どうやら隠し持っていたらしい。その銃口は私──いや、私のそばにいる少女に向いていて。
危ない、と声を上げる前に体は動き出していた。

──パァンッ、パンッ

抱きしめるように少女を庇い、背中に数発の銃弾を受ける。防弾性のあるスーツだから弾は肉体に届いてはいないが、痛い物は痛い。肋骨にヒビぐらいは入っているかもしれない。

「お姉さんっ…! 大丈夫!?」

涙を溜めた目で心配そうに顔を歪める少女。泣かせてしまったな、と胸が痛む。

「平気、っ…それより、怪我はない…?」

ふるふると首を振る彼女に安堵する。よかった、と微笑んだところで。
視界が黒く染まり、意識が途切れた。


 

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