野暮な朝日が来る前に

 


がくり、と力尽きた彼女の姿にとうとう少女が泣き出す。焦燥感が促すまま駆け寄り、そっと触れた。
女には既に名探偵が麻酔針を撃ち込んでいたため、怒りは自分の中で抑え込む。
脈拍・呼吸を確かめるが共に正常。というか、これは。安堵、むしろ拍子抜けして息を吐いた。

「ね、ねーちゃん…まさか死んで、」
「いえ、血は出ていませんし…気を失っているだけのようです」

というより眠っている。この状況でまさか眠るとは、神経が太いというかなんというか。
いや、極度の緊張状態から解放され安心し、一気に眠気が…というところだろうか。欠伸を噛み殺していたようだし、睡眠不足なのかもしれない。
心配かけさせやがって、とその頬を撫でる。

「さて、それでは名探偵…後のことはよろしく頼みましたよ」
「おい! キッ…」
「あぁ、この宝石の返却もね」

彼女をそっと抱き上げ、名探偵に宝石を投げ渡す。すんでのところで受け止めたのを見届け、くるりと踵を返した。

「それでは、私はこれで」

空へ飛び立てばこちらのものだ。背後を伺うと、スニーカーの仕掛けを弄ってはいたが傍らの少女に制止されているようだった。
腕の中の彼女はまだ夢の中らしく、可愛らしい寝顔と寝息に顔が綻ぶ。
初めてこの女の子を見たとき、心を囚われた。
強い光を発する瞳。闇の中でも絶対に霞むことはないかのように輝く宝石のような双眸に。
戯れにそっと口布をずらし、唇に己のそれを押し当てる。

「んん、っ」

すると薄く瞼を開けた彼女。お伽話染みた展開に思わず苦笑する。姫君は王子からのキスで目覚めるものだ、ってか?

「おはようございます」
「ぅ、…は?」

段々と覚醒し始めたが、まだぼうっとするようで寝ぼけ眼だ。そんな彼女に微笑みかける。

「あの状況でまさか眠ってしまうとは…驚きましたよ、姫」
「誰が姫よ! …っ」

傷が痛むのか、たちまち顔を顰める彼女に、これはいけないとグライダーの高度を下げる。早いところ着陸しねーと…

「こんな状況でなければ、姫との空中飛行を楽しむのですが…ね」
「だから姫って…え、空中……っ!?」
「おい…っ!」

今更気づいたらしい彼女が俺の首に縋りつく。そのせいでバランスを崩しそうになり、慌てて持ち直した。もちろん胸の鼓動が早くなった原因は、それだけじゃない。

「へっ? あ…ごめん!」

大人しくなった彼女の頬は赤くて。見ていたらこちらにまで移りそうになったから、慌てて目を逸らした。
瞬く間に地面が近くなり、埠頭近くに着陸する。

「怪我の具合は?」
「ん、ったた…こりゃ骨折れてるわね」

抱きかかえていた彼女をゆっくり降ろし、建物に凭れさせる。
慣れた調子ではあるが、言葉の軽さとは裏腹に顔は歪められたままだ。
だから。少しでも楽になればいいと思って──いや、そんなのは言い訳か。
ただ、触れたかったから。

「こっち向いて、お姫様」
「なっ──ん」

もう一度、キスをした。ちゅ、ちゅ、と何度も唇を合わせる。
薄く目を開けて相手の顔を伺えば、眉間の皺のない無防備な顔が晒されていて、また心臓が疼いた。
もうすぐ朝日が昇る。それまでもう少し、まだ名前も知らない宝石をこの腕の中に。俺の物だと錯覚させていて。


 

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