雨宿りのつづき

 


「──あ、雨」

ぽつ、と降ってきた一雫に独りごちた。しまった、傘持ってきてない…と顔を顰める、学校の帰り道。
どうしよう、と辺りを見渡す間にも雨足はゆるやかに強くなって。急いでその辺の軒先を借りる。
今日も帰ったら仕事が待っている。準備するためにも早く帰りたかったのに…。

「大丈夫?」

急に声をかけられ、そちらを見る。急いでいたので気づかなかったが、どうやら先客がいたらしい。
恐らく同い年ぐらいの少年。学ラン姿で多少濡れているところを見ると、私と同じように傘を忘れて学校帰りに雨宿り中のようだ。

「あ、うん…ちょっと濡れただけだから」
「そっか、よかった。そっちも雨宿り?」

頷けば早く止んでくれねーかな、とぶつぶつ零し始める彼。それに苦笑いしながら、鞄から出したフェイスタオルを差し出した。

「はいこれ。よかったら使って」
「へ?」

受け取ってくれたもののまだぽかんとした顔の彼を横目に、自分はハンカチでブレザーの濡れた箇所を拭く。

「…心配しなくても、それ未使用だから」
「! や、そうじゃなくて…あー、ありがとう」
「どう致しまして」

ようやくタオルを使い始めた少年。要らぬお節介だったかな。それにしても驚きすぎだと思うけど。

「タオル、いっつも持ち歩いてんの?」
「違う違う。今日は体育だったから持って来てただけ」
「へー、なるほど」
「ま、保健に変更になっちゃって使わなかったんだけど…」

まだ止まぬ雨の中、彼と雑談を交わす。初対面なのに弾む会話が楽しくて、思わず頬が綻ぶ。
でも、どこかで見たことあるような気も…気のせいか。

「ホントありがとな。これ、洗って返すから」
「いいよ、気にしないで」
「俺が気にすんだよ」

そこまで言うならまぁ、と思ったけれど。どうやって返してもらおう…。

「だから、連絡先教えてくんね?」

と、彼が差し出したのは彼自身のものらしいスマホだった。確かに、そうすれば後々会う機会も作れる。上手いこと使われた気もするけど…まぁいいか。
画面に表示されたQRコードを読み取り、表示されたアイコンと名前を確認する。

「これで合ってる? 快斗くん」
「快斗でいいぜ。…へー、瑠璃って名前なんだ。苗字は?」
「…橘、だけど」
「俺は黒羽。改めてよろしくな!」

朗らかに笑う快斗に苦笑を返す。なんとも抜け目ない。
いつの間にか雨は上がっていて、落ちかけた日の光が辺りを照らしていた。

「じゃ、これはお礼」

快斗が指をスナップすると同時に現れたのは、真っ赤な薔薇。見事な手際に思わずすごい、と呟けば、彼はまた笑った。
…ん? 今のマジック、前にもどこかで見たような。

「ほら。やるよ」
「あ、ありがと」

気のせいか、と思いながら花を受け取ったその瞬間。

「続きはまた今夜ですね、漆黒の泥棒さん?」
「──っ!?」

耳元で囁かれた声に台詞。驚愕に目を見開くと同時に、感じていた違和感や既視感はこれだったのかと納得する。

「じゃーな!」

走り去ってゆく彼の背中を呆然と見送る。若い若いと思っていたけれど、まさか私と同じ高校生とは。

「怪盗キッド…」

夕陽に照らされてぽつり、呟いた名前を聞く者は誰もいない。


 

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