向日葵アドレセンス

 

ため息をついて手元のスマホを眺める。SNSアプリのメッセージには「ごめん! 体調崩して今日行けない…」という文字。
旅行で大阪に引っ越した友達を訪ね、観光案内してもらうはずだった。だけど彼女はこの有様。
体調不良なら仕方ない、とは思うものの。慣れない土地で一人か…。
真夏日の今日、外はとんでもなく暑くて。とりあえず入った道頓堀前の大きなコーヒーチェーン店は、住んでいる土地にもあるものだった。
飲み慣れたフラペチーノの味だけが頼りと言ってもいい。それぐらい、途方に暮れていた。

「すいません、相席ええですか?」

急に声を掛けられ、恐る恐る前を見上げれば、大学生…いや、高校生だろうか。自分よりもいくらか年下らしい男の子が、カップを片手にこちらを見つめていた。

「えっと……どうぞ」

周りを見回す。混み始めた店内には空いた席などなく。仕方ないか、と頷いた。

「おおきに!」

ぱ、と花が咲いたように笑う彼。明るい茶髪が合わせて揺れた。いそいそと正面の椅子に座る姿を尻目に、もう一度スマホの画面を眺める。これからどうしようか。
一人で観光も味気ないし、部屋に戻るか…と時計を見るけれど、まだ午後の一時だ。ホテルにチェックインすらできない。途方に暮れてもう一度息を吐いた。

「あの、お姉さん…何かあったんですか?」

先ほど聞いた声が再び降ってきて、思わず肩が震えた。
戸惑って目の前の彼を注視する。

「すんません脅かしてしもて…あんまり暗い顔しとったんで、つい」
「あ、いえ…」

逡巡する。だけど袖触れ合うも他生の縁ともいうし、少しぐらいなら、と口を開いた。

「友達に大阪を案内してもらうはずだったんですけど…彼女、来られなくなってしまって」
「ええ!? そら災難でしたね」
「そうなんですよ、彼女以外に友達もいないし、この後どうしようかなって…」

何やらキラキラした目で見つめられて固まる。
嫌な予感がした。そしてそれは、よく当たるものだ。

「俺が大阪、案内しましょか?」
「へ、っ!?」

驚いて変な声が出てしまった。思わず体を仰け反らせる私とは反対に、テーブルに腕をついてこちらに乗り出してくる彼。

「いや……でも」

お断りしようと声を絞り出す。新手のナンパか何かかと疑ってそっと窺った彼の目には、しかし邪なものはないように見えて。
だけど。未知の土地で初めて会った男の子
しかもイケメンと二人で観光、なんて。怖い、というか不安に近いか。
お誘いは有り難いけれどお断りしよう、と解決の糸口を探した私は。

「あっ! 何か用事あったんじゃ…」

カフェでぼうっとする年頃でもないだろうとあたりをつける。だけどこれがいけなかった。

「ああ、それやったら」

スマホをこちらに掲げる彼。まさかという思いと、何かあってくれという祈りを込めて画面を覗き込むが。

「大丈夫です。俺の連れもなんや遅れるらしいんで」

メッセージアプリのグループトークが映し出された液晶画面には「スマン、金ちゃん待ちや」「俺も遅れるたい」などなどのメッセージ。
そういうことじゃなくて、と言う前に。彼は既に立ち上がっていた。

「大阪観光やったらこの浪速のスピードスターに任せとけっちゅー話や!」

聞き覚えのない言葉に首を捻る。すぴーどすたー……? 一体何なんだろう。というか観光案内に速さは関係ないんじゃ…?
いや違う。そんなことを考えている場合じゃなくて。

「あ、まだ自己紹介もしてませんでしたね」

おろおろする私のことなど顧みず、ひまわりのように笑う彼は。
忍足謙也と、そう名乗った。


とりあえず難波を回ろう、と提案され。腹を括った私は頷いた。こうなればヤケだ。

「美味しい、ですか?」
「うん、とっても…! こんなに美味しいたこ焼き、初めて食べたかも」
「ほんまに? よかった」

ふわり、と。顔を綻ばせる彼。コーヒーショップを出た私達は、その近隣にあった謙也くんオススメだというたこ焼き屋さんに来ていた。
屋台なので道の隅で立ち食いだけど、食べ歩きのようでなんだか楽しい。暑さも気にならないぐらいだ。
たこ焼きがまた美味しくて、私は緩む頬を抑えられずにいた。

「あ、謙也くんも食べる?」
「え……っ」

はいどうぞ、と爪楊枝に刺さったたこ焼きを差し出す。驚いた顔で固まる謙也くん。その頬が徐々に染まってゆく。あれ、と首を傾げる前に、私は自分が犯したミスに気付いた。

「ご、ごめん! よく友達とするから、ついそのノリで……!」

やってしまった…。自分の失敗に項垂れる。気持ち悪いとか、思われていないだろうか。

「大丈夫、です。そうやな、折角やし…貰おうかな」
「っ!」

器に戻そうとしたたこ焼きを、ぱくりと咥える彼。短い爪楊枝だから、指のすぐそばに謙也くんの唇があって、吐息がかかって。
少し、本当に少しだけ―どきっとした。

「ん…やっぱ、美味――」
「謙也! こんなとこおったんか」
「っゲホ!」

いきなり声を掛けられ、謙也くんが噎せた。誰だろう、知り合いかな、なんて思ってそちらを見れば。
ミルクティー色の髪をした男の人と黒髪の男の人が。そして二人とも、タイプは違うけれど綺麗な顔をしていた。やっぱりイケメンの友達はイケメンなんだろうか。
それぞれ腕に巻かれた包帯と耳を彩るカラフルなピアスを無視すれば、モデルでもやっていそうだ。大阪って、整った容姿の人が多いんだろうか。

「いきなり観光に付き合う! とか言い出したからビビったっすわ」
「白石に財前まで…何やねん」
「お前が集合場所におらんからや!」
「せやから俺はこの人と大阪観光するって言うたやろ!」

ぎゃいぎゃい言い合いを始める二人。それを眺めていれば、いつの間にか側にいた黒髪の人が私の手からたこ焼きの器を奪う。

「あっ」
「俺、財前光言います。よろしゅう」
「よ、よろしく…?」

有無を言わせず口にたこ焼きを放り込んだ彼に、もぐもぐと咀嚼しながら紹介され。慌てて会釈する。

「んで、あの人らは」
「白石蔵ノ介です。えらいすんまへんなぁ、巻き込んでもて…」

言い争いはいつの間にか終わっていたようだ。腰を低くして謝る白石くんに、いえいえと手を揺らす。
彼がなんだか謝り慣れている感じがして、つい苦笑いを零してしまった。二人の保護者的役割なんだろうか。

「はよ行きましょうよ、腹減ったっすわ」
「あ、じゃあ私はここで…」

マイペースに財前くんが零す。さて、と私は鞄を持ち直した。友達と思しき人も来たし、邪魔しては悪いと立ち去ろうとする。だけど。

「何言うてるんですか、ついて来てください」
「謙也…お前なあ」

どうしても、と私を引き止める謙也くんに、白石くんがため息をついた。

「ええやんか、ちょっとぐらい。どうせ今日も特に予定ないんやろ?」
「そうやなくて、お姉さんの都合をやな…」
「それがな、旅行で大阪来てんけど案内役の友達が来られへんようになって、時間持て余しとるらしいねん」

話していないところまで誇張混じりに話す彼。だけどあながち間違いでもなくて、訂正できない。白石くんが眉をひそめた。

「せっかくの旅行やのに、不幸やなあ」
「何をグダグダ話しとるんですか。金ちゃんと千歳先輩置いてきてるんやから、あの二人に振り回されて小早川先輩が目ぇ回す前に戻らんと、大変なことになりますよ」

すたすたと先を歩いていた財前くんが振り返る。その言葉に感極まった様子の白石くんは口元に手を当てた。

「財前…! お前もやっと先輩に気ぃ遣えるように」
「先輩がおらんくなったら――あの二人の子守り、誰に押し付けたらええんですか」
「なってないんかい!」

綺麗なユニゾンで謙也くんと白石くんがツッコむ。財前くんはどうやらかなりドライな性格らしい。というか本場のツッコミ、初めて見たかも…!

「ほら、早よしてください」
「こら財前! お前はほんまに…」

私がちょっと感動している間に、白石くんが財前くんを追いかけていった。謙也くんと二人でその後ろを歩く。

「せっかくお姉さんのこと独り占めしてたのに、取られてしもた」

拗ねたように唇を尖らせる謙也くんに苦笑を返す。さらりとそんなことが言えるなんて、さぞかしモテるんだろうな、という意味も込めて。彼ぐらいの容姿なら引く手数多だろう。

「そういえば、君たちっていくつなの?」

それは、先程からずっと気になっていたことだった。白石くんと謙也くんは同い年、財前くんは後輩かな。だけどみんな大人っぽくて、年齢が一向に掴めない。

「ヒミツ」
「…え?」

思わず数歩先をゆく彼の背中を見つめる。まさか答えてもらえない、だなんて考えてもみなかったから。
ぱちくりと目を瞬かせる私を振り返った謙也くんが、頭を掻いた。

「年齢言うてしもたらお姉さん、俺のこと相手にしてくれへんでしょ?」

まだ高い陽の光に照らされ、その薄い色の髪が融ける。きらきらと輝くその様が眩しくて、思わず目を細めた。
いいや、眩しかったのは――それだけじゃない。

「だから、ヒミツです」
「……ませてるね」

頬を僅かに赤らめてはにかむ謙也くん。そんな彼を茶化してしまったけれど。
誤魔化すように視線を逸らす。胸が、苦しいほどに高鳴っていたから。
――ああ、私はずるい大人だ。





 インテでの無配でした
 手にとってくださった方、ありがとうございました!


 

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