明滅せし波紋

 

 ※ 高校生設定
   捏造過多



ぽつぽつと街灯が光り始めた、八月頭の夕方。日中より幾分涼しくなったとはいえ、それでも野外にいれば汗ばむ。
急いで、でも着崩れが怖いから歩幅は狭めたまま。油蝉が鳴き喚く中、待ち合わせ場所へと向かう。
時間に遅れそうなわけじゃないけれど、早めに行くに越したことはないだろう、と言い訳をしながら。本当は待ちきれずに、家を早く出てしまっただけというのは――秘密だ。

「あ…お待たせ」
「…いや、待ってはいない」

待ち合わせ時間の十分前だったけれど、八神くんはもう到着していて。
しかも何も言っていなかったのに、示し合わせたように二人して浴衣を着ていたから。なんだか気まずくて、照れくさくて…苦笑を浮かべた。
長身かつがっしりした体格を包む、誂えたような縦縞の浴衣。それは黒と灰色のシンプルなもので、燃えるような赤い髪によく映えている。自然と言葉が口から滑り出していた。

「似合ってるね、浴衣」
「あぁ…お前もな」
「え、っ」

まさかそう言ってもらえるとは思わなくて。驚きと嬉しさで綯い交ぜになる。あたりは暗くなり始めているから、赤く染まっているだろう頬には気づかれていない、はず。

「ほら。行くぞ」
「…うん」

少し先を歩いていた彼が振り返って私を呼んだ。
風が辺りの木々を揺らす。ぬるいそれに押されるように、離れていても聞こえる喧騒に向かって一歩、足を進めた。


 ▽


雑踏をかき分けて、早足で歩く。鳴り響く祭囃子を掻き消すほどのざわめき。
色とりどりの露店が立ち並び、だけどそれに目移りしている暇はない。

「っ…」

我関せずといった様子で進んでいく、八神くんの背中。それを追いかけるだけで精一杯だから。
友達数人と行われたお泊まり会で唆されて。メールで初めて男の人をお祭りに誘ったのが、一週間ほど前のことだった。同じクラスの八神くんに、私はずっと片想いをしていた。
人付き合いが苦手らしい彼は、一人でいることが多い。その冷酷にも思える態度や、威圧感を与える大きな身体に長い前髪が苦手だと思う人も少なくはない、らしい。
だけど。掃除当番や日直が一緒になった時。ゴミ箱や提出物など重いものを持ってくれたり、私では手の届かない所にあるものを取ってくれたり。たまに彼が見せる優しさを、私は知ってしまった。あのときめきは一生忘れることができないだろう。そうして転がるように恋に落ちて、二年が経っていた。
だから、了承の返事が来たときはとても嬉しかった。友人たちも自分のことのように喜んでくれて、浴衣選びに付き合ってくれたりして。
はぐれないように一生懸命着いていっていると、突然彼が止まる。私より随分と上背のある彼を見上げた。

「ど、どうしたの…?」
「…悪い。歩くのが早すぎたか」

振り向いた彼はばつの悪そうな顔をしていて。それが新鮮で、ぱちぱちと瞬きをする。

「ほら」

手を、差し出されて。驚いて彼の端正な顔と男らしくごつごつとした手を見比べていれば、私の左手が掴まれる。
――心蔵が大きく、跳ねた。

「へ…」
「これで大丈夫だろう」

八神くんの大きな手にしっかり包まれて、そのまま歩き出すから。戸惑いながらも遠慮がちに握れば、強い力で、だけど優しく握り返される。
期待しそうになる心を押し留めながら、彼の後ろ姿を見つめて歩いた。


 ▽


「ここ、だよ」

お祭りの会場からは少し離れた公園。一つ二つある街灯が淡い光を放っているだけで、辺りは薄暗かった。山の中腹にあるそこは、友達に教えてもらった穴場だ。
そこには自分たち以外、人っ子一人いなくて。彼と二人きりか、と僅かに緊張する。

「誰かと、来たことがあるのか」
「うん、友達と」

クラスメイトの女友達の名前をいくつか並べる。去年の夏祭りはみんなで色々やったっけ。今年も彼女たちは一緒にお祭りを回っているんだろうか。
そうか、と言った八神くんはどこかほっとした様子だった。その理由がわからなくて小首を傾げていると。
ひゅるひゅる、花火が打ち上がる音がする。

「綺麗…」

網膜を焼く色とりどりの光。夜に咲いた火花がすぐに散ってゆくその姿に、思わず呟いていた。
頬に浮いた汗を、ハンカチでそっと拭う。しばらく歩いたせいで体は熱を持っていた。でも、こんなに暑いのは、きっと。

「ああ。綺麗だな」

そっと隣を見上げる。八神くんの赤い髪が、咲いた花火に照らされてきらめいていて。まるで一つの絵のようで、見惚れてしまう。
やっぱり格好いいな、と胸が脈打つ。とくりとくりと、優しい音で。
その熱に浮かされて、思わず口が動いてしまう。

「好き――」

――ドォン

大きな音に驚いて肩が跳ねた。恐る恐る夜空を見上げれば、一際大きな花火が打ち上がっていて。
綺麗だな、と思わず目を細めた。
告白じみた台詞はきっと、掻き消えてしまっただろう。八神くんの耳には届いていないはずだ。これでよかったのかもしれない、と胸をなでおろした。叶うはずがない、というのは自覚していたから。
だけど。急に手に指を絡められ、どきりとして彼の顔を伺う。こちらを向いた八神くんは、珍しく微笑んでいた。
今日は彼の意外なところをよく見られる日だな、なんて頭の片隅で考えていたら、その形の良い唇が動いて。
同時にまた、花火が上がる。

「俺も、好きだ」

多少のノイズは入るけれど、はっきり届いた言葉。ああ、聞こえていないと思ったのに。顔にゆっくり熱が集まるのを感じながら、私は返事をしようと口を開く。
――もう少しこのまま、この時が永遠になってしまえばいい。




 

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