温かい貴方の手

 

「――報告致します」

自分が仕える主、竜牙様に向けて言葉を発する。
ここは暗黒星雲のビルにある、研究施設の一室。休憩室を兼ねているここは、他のラボとは違い、ソファやベッド、シャワールームなどが完備されていた。
目覚めたばかりの竜牙様が本当にエルドラゴの力を制御出来るのか、という検査を兼ねた実験結果を報告するため。
豪奢なソファに足を組んで座り、尊大な態度でこちらを見上げている主の前に、私は書類を携えて立っていた。

「出力、身体共に異常はありませんでした。更にエルドラゴがペガシスから吸収したエネルギーにより――」
「おい」
「な、何か…?」

いきなり言葉を遮られ、報告内容に不備や気に障ることでもあったのか、と急いで頭の中で復唱する。
が、特に失礼なことを言ったとも思えず、疑問と不安が頭をもたげるだけ。

「あの…」
「…その手は」

人差し指で指され、書類を持ったほうの手――血の気がなく、赤くかじかんでいる――を見る。
新卒で同期のいない、つまり他の研究員の中で一番下っ端な私は、器具洗いなどの雑務を任されることが多い。加えてこの時期、気温は暖かくなってはいるが、まだ水は冷たい。結果として、手が冷たく凍えてしまったわけで。

「あ、これは…」

そもそも今回の報告だって、私ではなく研究室の室長がするはずだった。
それがなぜ私になったのかというと、竜牙様を恐れた室長に命ぜられたからで。こんな時は、自分の若さと地位の低さが嫌になる。

「…不快にさせてしまったのなら、申し訳ございません」

丁寧に頭を下げる。例え理不尽だとしても、逆らってはいけないものはある。
ここで謝らなければ、エルドラゴの餌になるかもしれない。それだけは嫌だったから。
しん、と無音になる部屋…だが。
カツカツと、確実にこちらへと向かってくる足音があった。
まさか…いや、そんな。
嘘だ、嘘でしょう。
私は――喰われてしまうのか。
他のブレーダー達のように、只の残骸と化してしまうのか。
一応ベイは持ってきているが、戦った所で時間稼ぎにもならないだろう。
ましてや勝つことなど…逃げることなど。
恐怖が足元から這い上がる。同時に背中を嫌な汗が伝った。

「頭を上げろ」
「は、い」

からからに渇いた喉で、何とか声を絞り出す。
恐る恐る上半身を起こせば、目を細めてこちらを見ている竜牙様がいた。

「手を」
「…は、?」

何のこと、だろうか。
書類を持った右手と、所存なさげな左手を交互に見つめる。
と、痺れを切らしたらしい竜牙様が、私の両手をその両手で、握った。
持っていたコピー用紙が散らばり、床に滑る。

「りゅっ…竜牙、様!?」

驚いて声を上げるが、当の本人は気にも留めずに、手に力を込める。
思っていたより大きく、そして温かい手。
ぎゅう、と包み込まれた指に、じんわりと熱が伝わる。
――まさか、これは。

「…冷たいな」

私の手を、温めてくださっているのか。
でも…どうして。

「理由など、ない」
「え、っ」

まるで心を読んだように呟いたのは竜牙様で。視線を上げれば、思ったより近いところに整ったかんばせがあって。心臓が跳ねる。
眉根を寄せた彼の顔は、それでも普段より優しくて、年相応の少年らしい幼さが見えた。

「ただ。触れてみたいと、思った」

言葉の意味なんて考えられない。どきどきと高鳴る胸。それは決して、恐ろしさのせいだけではなくて。
冷えていた指先が、と熱を取り戻してゆく。
同じように、緊張がゆっくりと解れていくのがわかった。
もう大丈夫です、と言うように挟まれている手を抜こうとしたけれど。さっきより強く握られてしまう。

「あの…もう」
「まだだ」

間髪入れずにそう返され、何も言えなくなる。
心に余裕ができると、気恥ずかしさの方が勝ってくるのだが。
それは考えないことにして。今はただ、竜牙様の体温に浸ることにした。





 旧サイトより


 

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