極彩色

 


 ※微裏





とある異種格闘技大会の本戦、その中日にあたる今日。私は暇を持て余していた。同じチームのメンバーは街へ繰り出しており、彼らに割り当てられたホテルの部屋はもぬけの殻。寝坊した自分を呪うばかりだ。
とりあえず部屋を出たはいいものの、当て所もなく館内を彷徨う。建物の外に出てみても、薄暗く曇った空に生温い風が私を出迎えるだけ。喫煙所まで来て私がやっと見つけたのは知った顔で。暇つぶしがてら、声を掛けた。

「八神、今時間ある?」
「…下手なナンパだな」

一人煙草を吹かしていたのは、八神庵。彼はこちらを一瞥し、再び自らの手元に視線を戻した。いつものパンクファッションではなく、シャツにジーンズといったラフな格好をして壁に寄りかかっている。鋭い目つきは鳴りを潜め、どこかぼうっとしているようだった。
別にこの男と親しいわけじゃない。話したことは数回あるかないかといったところか。だから話しかけたのは、本当にただの気まぐれだ。
とりあえず同じように一本取り出し、フィルターを咥えて火を点ける。お互いにしばらく無言で煙を吐き出していたけれど、私のほうが耐えられなくなり口を開いた。

「あー、っと…暇ならご飯でもどう?」

我ながらぎこちない誘い方だとは思う。きっと断られるんだろうな、とも。彼が誰かと食事をしているところなんて、見たことがない。確かにお腹は空いているけれど、とっさに出た言葉がこれか…。
自己嫌悪しながら相手の出方を伺っている私をよそに、八神が灰皿に吸いさしの煙草を押し潰した。

「いいだろう。付き合ってやる」
「そっか……え!?」

どういうことかわからずに二度見する。今彼はYESと言わなかったか? あの八神が私と昼食を摂るって?
惚けている私をそのままに、赤い髪の男は喫煙所から出ていく。自分も慌てて煙草を放り、恐る恐るその後を追いかけた。こいつは本当にあの八神なのかという不審もそうだけれど、何より。面白いことになりそうだ、と好奇に踊る胸を抑えながら。
――このとき八神が密かに唇を歪めていたことなど、知る由もなかった。


  ▽


「――ァ、あ」

ぎり、と背中に立てられた爪。その鋭さに耐えられず声が漏れた。痛みが細い導線の上で燃えるようだ。
逃れようにも中心に太い楔を打ち込まれたままではどうにもならない。彼の逞しい腕で閉じ込められていれば尚更。合わさった肌の温度、滴り落ちる汗、全てが生々しく伝わる。
ぎっちりと咥え込んだモノが子宮口をつつく。そんな些細なことにさえ翻弄され、思わず力を込めれば膣が収縮して、八神が吐息を漏らした。

「っ、痛いか?」
「ハ…そりゃあ、ね」

狭い蜜壷を食い破るように押し入った逸物。動かなくともその存在は確かに感じられて、生々しさに顔を背けた。
ベルベットの分厚いカーテンに遮られ、熱気のこもった部屋に投げかけられるのは僅かな光だけ。昼間から何をしているんだろうと思わなくもない。
というか、何がどうしてこうなったのだったか。次第にクリアになり始めた脳内で、考えを巡らせる。
確か、暇だからとホテル中を徘徊して、偶然出会った八神とお昼ご飯を食べに行って。彼とのランチタイムが比較的平和に終わったのは覚えている。思っていたよりフォークとナイフを扱う手の所作が意外に綺麗で、つい感心してしまったのも。
ああ、そうだった――だけど。自室に連れ込んで、ベッドになだれ込んだのは、誘ったのはどちらから?
何も思い出せずふわふわするのは、シャンパンを飲んだから。きっとアルコールのせいだ。それでいい。度数12%のものをグラス一杯分飲んだきりだけれど、そういうことにしておこう。

「随分と、余裕そうだな…ッ」
「っぐ、ぁ!」

止まっていた律動が再開し、より深くを貫かれて背中が反った。痛みで表情が歪む。
色気のない嬌声にすら八神は恍惚とした笑みを浮かべる。この変態め、と罵るほどの余裕など、今の私にはない。わかっているくせに、この男は。

「貴様は、俺が殺してやる」

耳許でねっとり囁く声がいつもより甘く湿る。まるで睦言でも囁いているように。
表情を仰ぎ見れば、射殺せそうなほど強い眼の光が私を刺し貫いた。八神が執拗に追い続けるあの好敵手と同じぐらい、いやもっと強いかもしれない。それだけの感情を向けられている。嫌ではない、どちらかと言えば嬉しくて。口角が上がった。
首元に顔を埋められ、私の視界を彩るのは鮮やかな赤。汗で濡れた肌が触れ合い密着する。それすらも嫌ではなかった。
互いにここまで求め合う理由。彼の瞳に宿った色。その正体は執着か、それとも。

「やれる、もんなら…っひ!」
「フン…」

喉仏に噛み付かれる。皮膚の柔さと骨の硬さを楽しむかのように歯が食い込み、思わず息を呑んだ。喰いちぎられる、と本能で恐怖するけれど軽く食まれただけで。それすら、官能に成り得てしまう。
理由なんてわからない。理解する必要すらないのかもしれない。あやふやな思考を振り切るように、熱に溺れるように。嬌声を口遊み、広い背中に腕を絡めた。




 

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