吸い込まれるように安宿の寝台へと横たわる。冷たいシーツが肌に沁みた。
疲労を訴える身体は重い。この数ヶ月間、何も考えなくていいように、ペインから命じられるままひたすらに任務をこなしていたからだ。休息を十分に取った記憶がない。
せめてシャワーぐらいは浴びてから寝転がれば良かったか、とも思ったがもはや布団に沈みきった手足は言うことを聞かない。汚れきった暁装束を脱ぐこともなく、全身返り血に塗れたままだ。それでも眠気には勝てず、意識は溶けきったバターのように沈む。
そして。再び瞼を開けた私の目の前には――サソリがいた。
記憶と寸分違わぬその姿が、薄暗い部屋に一つだけ置かれた蝋燭に照らされる。その燭台には、あわい褐色が灯っていた。
こうして二人だけで会うのは初めてかもしれない。“いつものように”笑いかければ唇を持ち上げる彼。
ああ、やっぱり生きていたんだ。嬉しくなって息を吐くけれど、驚くほど冷めきった脳は。
これは夢だ、と――現実を見せつけるように結論付ける。

「サソリ」
「…何だ」

ぶっきらぼうな物言い。ほら、いつものサソリだ。これが虚構だなんて、あるわけがない。でも、だけど。
試しにその硬質な頬をなぞっても、燃えるように赤い髪に触れても、ただ同じ組織の一員だっただけの私を拒否しないのは。願望によって捻じ曲げられた思い出に、これほどまでに忠実なのは。
自分が作り出した幻想である証拠だ。

「好きなの」

二人、向かい合って座っているこの部屋はサソリのもの。戸口で数回言葉を交わしたぐらいで招かれたこともないのに、再現度が高い気がするのは特有の既視感だろうか。
夢ならそれでいいや、と。半ば自棄になって口にしたのは告白。
最後まで、伝えられなかった言葉。

「そうか」
「愛してる」
「知ってた」
「うん。…好きだったよ」

あなたが死んだなんて信じられなくて、信じたくなくて。目を背けるように任務に没頭した。ペインは何も言わずにいてくれたけれど、きっとばれているんだろう。
ぎこちなく彼の背に腕を回す。受け入れも抵抗もせず、されるがままのサソリ。私の中の虚構の彼。
冷たいはずのその身体が暖かい気さえして、思わず腕に力を込めた。

「さよなら、」

別れを最後まで告げる前に、完全に目が覚めてしまった。点け放しだった囲炉裏の火が爆ぜる音がする。
瞼を薄く開き寝台に横たわった私は、ゆっくり手を握り締めた。
あなたの体温を、顔を、声を。これ以上、忘れないようにと。




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