「及川って私には冷たいよね」
「は?そりゃそうでしょ。キャー及川サンって言ってくれる女子たちと、オレのことなんか眼中にない奴とじゃさぁ」
対応も違って当たり前、なんて鼻歌でも歌うみたいに返す及川をなまえは横目で睨む。
吹きっさらしの非常階段に並んで腰かけた及川の背後には広い校庭が見えて、後輩たちの部活動の声が元気に響いている。3月に入ったとはいえ、日本の北であるこの場所に、まだまだ春の訪れは遠い。時折、制服のブレザーの上から冷たい風が容赦なく吹き付ける。此処に来るだいぶ前から外気に晒され冷えきった身体はぶるりと震え、当然のようになまえはくしゃみをした。
「ほら」
着れば、と言わんばかりに及川が自分の制服のブレザーをなまえの鼻先に突きつける。
「なにその顔っ!せっかく優しい及川サンが特別に優しくしてあげてんだから、素直に受け取んなよ」
よっぽどすっとんきょうな顔をしていたのか、なまえの顔を見て苦笑いを噛み殺しながら、及川がなまえの肩にふわりとブレザーをかけた。刹那、まだ温もりが残る制服の暖かさに包まれ、今まで堪えていた涙が溢れ出す。
「バカ……及川のバカ……!」
「うわーなまえちゃん、本当に失礼だよね。親切にしてんのにさー」
「普段冷たいくせに、こういうときだけ、本当にずるいッ……!」
顔を覆って俯いて泣き出したなまえの背中を及川が黙ってぽんぽんと優しく擦る。制服越しの大きな手の温かさに、なまえの涙がさらに加速する。みっともないくらい嗚咽を漏らしながら泣き続けるなまえの傍らで、ただ黙って及川は背中を擦り続けた。
「あのね、私岩泉くんのこと、好きだった」
「知ってるよ」
「3年間、本気で好きだったの……」
「知ってるよ」
「さっき振られちゃったけど、今もまだ好きで」
「だから、それも知ってるよ」
ひとしきり泣いた後で、俯いたままなまえが独り言みたくぽつりぽつりと呟く。及川は頬杖をつきながら、気だるげに相づちをうった。背中を擦っていた手の温もりはいつの間にか消えていた。
「振られてもこんなに好きなんて、本当バカみたい。私この先岩泉くん以外の人好きになれるのかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。オレならともかく、岩ちゃんよりいい男なんてこの世に五万といるから安心しなよ」
「あんたって本当に最低だよね……」
「さて、なまえちゃんも復活したし、帰りますか」
つか、腹減ったなーもちろんなんか奢ってくれんだよね、と言外に含ませながら、満面の笑みで及川がなまえを見る。
「え、だって、三年間恋のお悩み相談につきあってあげて、振られた後のアフターフォローまでして?まさか、何もないとかないよね?優しいなまえちゃんに限ってさ」
ありえなーい、なんてわざとらしく手を口に当てて及川が大げさに仰け反る。
「もーわかったから、早く帰るよ」
芝居がかった及川を置き去りにして、なまえが非常階段を降りていく。
「あ、待って。つか、ブレザー返して寒い」
「やだ。私だって寒いもん」
背後で大げさなくしゃみをした及川を後目に、階段を駆け降りながらなまえは小さく笑った。まだ冷たかった3月の風が、少しだけ暖かくなった気がした。
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