*双悪ラーメン屋の世界線
*夢主と双子は幼なじみ


土曜の夜に休みなんていつぶりだろう。
ソファに座って、暇つぶしにつけたテレビをぼんやり見ながら、手に持ったカルピスサワーの缶に口をつける。口の中に広がる爽やかな甘みとほんのりとしたアルコールの味が心地よくて、思わず笑みが零れた。普段家でお酒を飲むことなんてほとんどないけど、今日はなぜか飲みたい気分だった。多分ここに兄ちゃんや八戒がいたら、そんなの酒じゃねーって散々揶揄ってくるだろうけど。
ラーメン店は仕事柄、土日祝日が基本的には休めない。それが、今週末は店の改装作業の関係で休まざるをえず、珍しく臨時休業になった。突然降って湧いた週末休みに、兄ちゃんはここぞとばかりに彼女と泊まりで旅行に出かけた。オレはといえば、そんな元気はないし、そもそも一緒に旅行に行くような相手がいない。まぁ、一緒に行きたい相手がいないわけじゃないけど、と心の中で呟いた矢先、玄関のベルが鳴った。
インターホンを確認するまでもなく、尋ねてきた相手がわかって、オレは盛大なため息をつく。こんな時間にオレを尋ねてくる人間なんて、兄ちゃん以外では彼女しかいない。誤解がないように言わせてもらえば、このため息は彼女に対する負の感情からではなく。なんて言えばいいかわからないけど、オレの事を全く男として認識していない相手の鈍さへの憂鬱、と言ったところだと思う。

「あ、ソウヤ、聞いてよー!」
「しーッ、なまえちゃん、夜遅いからさ」
ドアを開けるやいなや、冷たい冬の空気とともになんの躊躇もなく飛び込んできたなまえちゃんが、割と大きめの声で喋りながら、オレの顔をしかめっ面で見上げた。オレはそんな彼女の鼻先に人差し指を近づけて、小声で窘める。掠めるように触れた彼女の鼻先が、うっすら赤くなっていた。どうやら、すでに大分出来上がっているようだ。
「えッ、あ、ごめん。じゃ、お邪魔しまーす」
一瞬はっとした顔をしたものの、全く悪びれる様子はないまま、深夜に男の部屋に入っていくとは思えない、まるで緊張感がない様子でさっさと靴を脱いで部屋の中に入っていく。そんななまえちゃんの後ろ姿を見ながら、オレは今日2度目のため息をついた。

「え、まさか今からここで飲むつもり?」
女の子らしいファーのついたアウターを脱いで、まるで自分の家みたいに、ソファに座って寛ぐなまえちゃんに、オレは半ば呆れたような顔で尋ねる。と同時に、ミニスカートから覗く白い太ももがいやでも目に入って、オレはぱっと視線を逸らす。
「だって飲まなきゃやってらんないもん。ソウヤも飲も?」
朝まで飲むぞー、と完全に酔っ払ったテンションでなまえちゃんが、コンビニの袋からがさごそと取り出した缶チューハイのプルタブを開ける。超ストロングスターと描かれた見るからにアルコール度数が強そうなパッケージに心の中で苦笑いする。
「で、なにがあったの?」
なまえちゃんの隣に腰かけて、オレも飲みかけのチューハイを一口飲んだ。朝まで飲むことは絶対ないけど、多分長い愚痴を聞くことにはなりそうだ。
「あったも何も、今日彼氏に振られたの。いきなり、ひどくない?こんな、クリスマス前に普通、振る?」
「あー……そう」
着ているフワフワのニットのイメージからはほど遠い、男っぽい仕草でなまえちゃんが缶チューハイを一気に煽る。それから、吐き出した深いため息と一緒に、眉間に皺を寄せて不満をぶちまけた。オレは毎回予想を裏切らない返事に心の中で苦笑いしながら、相槌をうつ。
オレと兄ちゃんの幼なじみのなまえちゃんは、昔から恋多き女である。初恋の幼稚園のひろと先生から始まり、サッカーの上手い同級生、頭の良い先輩、小悪魔系な後輩、とそれはもうとにかく惚れっぽい。そんななまえちゃんだけど、どうやら兄ちゃんとオレは男と認識されてないらしく、オレたちの間にそういう関係は今まで1度もない。昔一度だけ兄ちゃんが冗談(じゃなかったかもしれない)で「付き合う?」って聞いたときも、「ナホヤとは絶対ない」と即答だった。多分、なまえちゃんの中ではオレらは本当の兄弟みたいな認識なのだろう。確かにその気持ちはわからなくもない。わからなくもないけどさ……
「で、アイツさー、先週とか普通にクリスマスの予定の話とかしてたんだよ?信じらんないでしょ、最低すぎでしょ?本当ムカつく!もーソウヤ、慰めてよ」
「……!」
ふと、一人で愚痴を言いながら飲んでいたなまえちゃんが、オレの肩にこてん、と頭を乗せた。たったそれだけの事に、跳ねる心臓の音をさとられないように、オレは小さく息を飲んだ。
「はぁ……落ち着く……」
不意をつかれて固まるオレに気づくはずもなく、なまえちゃんは心底安心した声で小さく呟く。肩に載るリアルな頭の重みと、鼻先を掠めるシャンプーの匂いなのかどうかわからないけど、とにかく甘い良い匂いが、オレの鼓動をこれでもかと早くさせる。これってもしかして、ワンチャンある?という淡い期待を、いやいや、ないない。勘違いしちゃだめだ、ともう1人の冷静なオレが否定する。1人頭の中で、そんなせめぎあいを繰り返して、オレは何とか平静を保っていた。
「ね、覚えてる?わたしがナホヤにいじめられて泣いたときとか、昔もよくこうして慰めてくれたでしょ?」
「……」
オレの肩にもたれたまま、なまえちゃんが独り言みたいに小さく呟く。ぴとっと頭をくっつけているせいで、肩に直接なまえちゃんの甘い声が響いて、それだけでゾクゾクしてしまう。正直そんな思い出なんか覚えてない。というより、今はそんな事思い返す余裕がなかった。
「ふふ、なんか子供の頃に戻ったみたい。懐かしいなぁ。ソウヤとはこれからも、ずっとこのままでいたいなぁ」
「ずっと、このまま……?」
その一言は、オレの膨らんでいた気持ちを一瞬にしてへこますには十分だった。思わず、その一言をオウム返しに呟きながら、さーっと血の気が引いていくのと同時に、普段あまり感じることのない憤りがじわじわ込み上げてくる。は?ずっと、このままって何だよ、オレはこの先もずっと、男と認識されないまま、なまえちゃんの恋愛相談に振り回されなきゃなんないって事?
1度溢れ出してしまった、今までずっとモヤモヤしてきた気持ちは、もう自分でもコントロールできなかった。
「うん、ずっと……ッ、!!」
オレの気持ちなんて知る由もない、無邪気な声で返事しかけたなまえちゃんの肩を、オレは衝動的に掴んで、そのままソファに乱暴に押し倒す。そのまま、間髪入れずに、何が起きたのかわからないという顔でオレを見上げるなまえちゃんに噛みつくように口づけた。いきなり唇を奪われて、慌てふためくなまえちゃんを押さえつけながら、オレは何度も何度も口づける。貪るように執拗に口づけているうちに、なまえちゃんから、くぐもった、でも甘ったるい、鼻に抜けるような声が漏れ始める。
「ねぇ、オレが男だってこと、思い出した?」
最初は強ばっていたなまえちゃんの身体から、すっかり力が抜けた頃、オレはゆっくりとなまえちゃんの唇を解放した。とろん、と熱を帯びた瞳で見上げるなまえちゃんの耳元で、そう低く囁けば、びくん、となまえちゃんの華奢な肩が震える。その反応に誘われるように、オレはなまえちゃんの首筋に静かに顔を埋めた。



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