「バカ……及川のバカ……!」
「普段冷たいくせに、こういうときだけ、本当にずるいッ……!」
あ、やっと泣いたと思ったら罵詈雑言つきか、とオレは内心苦笑する。わりとというかかなり、考えてることが顔に出るなまえが、らしくもなく泣くのを堪えているのを見るのは正直きつかった。 この時期三年生は既に自由登校になっており、毎日学校にいるわけでもない。ただ、数日前からこの日告白するから、となまえから聞いていた身としては、ほっておく訳にもいかず、柄にもなく図書館で勉強したりしてなまえからの連絡を待っていた。そのあたり、オレも大概お人好しだなと我ながら思う。
(ていうか、岩ちゃんもだけどなまえも相当鈍いよね)
泣きじゃくるなまえの背中を擦ってやりながら、オレは密かに溜め息をつく。みょうじなまえとは高校1年のときからのクラスメートで、なまえが女バレの部員だったこともあり、自然と仲良くなった。自分で言うのもなんだけど、入学してからずっと周りの女子に特別な目で見られ、騒がれていたオレにとって、いつでも自然体ななまえに惹かれたのはごく自然なことだったと思う。なまえが岩ちゃんを好きだと知るまでは。
(結局、三年間ずっと恋のお悩み相談に乗り続けるとか、オレも相当なお人好しだけどサ)
いや、違う。応援するよ、なんて人畜無害な相談相手を装って結局なまえの恋が実るような手助けは一切しなかったし。今だってほんの少し手を伸ばして肩を抱けば、失恋直後で弱ってるなまえの心の隙間に入り込めるワンチャンあるかもしれないとか思ってるし。
まぁ、そんなこと考えてると何故かオレの脳内岩泉が「お前本当にクソだな」とか言い出してくるからしないけど。
「あのね、私岩泉くんのこと、好きだった」
ようやく泣き止んだなまえが小さく呟く。
「知ってるよ」
地味にオレの心を抉る台詞に敢えて気のないような返事を返した。
「3年間、本気で好きだったの……」
「知ってるよ」
「さっき振られちゃったけど、今もまだ好きで」
「だから、それも知ってるよ」
延々と続く鈍いという名のもはや悪意に、「お前、本当は気づいてんだろ!わざとだろ!」と喉元まで出かかったのを何とか堪えて、なまえの背中に添えていた手を静かに引っ込めた。さっきまで触れていた体温が失われ、却って行き場のない感じがした。
「振られてもこんなに好きなんて、本当バカみたい。私この先岩泉くん以外の人好きになれるのかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。オレならともかく、岩ちゃんよりいい男なんてこの世に五万といるから安心しなよ」
「あんたって本当に最低だよね……」
「さて、なまえちゃんも復活したし、帰りますか」
軽蔑の混じった冷たい視線を軽くいなし、オレはぐーっと伸びをした。さっきの軽口はなまえの失恋の痛みを少しでもまぎらわすために言ったことだけど、本当は岩ちゃんを好きになるなんてなまえは見る目あると思うし、結果はダメだったけど岩ちゃんに譲るならしょーがないって実はずっと思ってた。悔しいから岩ちゃんにもなまえにも言ってやらないけどさ。
「もーわかったから、早く帰るよ」
他愛ないやり取りの後、おもむろに立ち上がって階段を降りていくなまえの背中を見てオレは密かに安堵した。その姿にさっきまでの悲壮感はない。これならちゃんと前を向ける。そう思ってふと、オレはなまえのお母さんか、と自嘲する。
「あ、待って。つか、ブレザー返して寒い」
「やだ。私だって寒いもん」
盛大なくしゃみをして、あーちょっとカッコつけ過ぎたネ、と少し赤くなった鼻先を擦る。とりあえず、コンビニでなまえに何か温かい飲み物奢らせよう。優しい及川サンはそれで全部チャラにしてあげるよなまえ。




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