お疲れ様〜鞭と飴〜


「はぁ…」


「黙れ家畜、耳障りだ。」


「ウス。」


全く、この人は小さなため息一つさえ許してくれないのだろうか。パラパラと乾いたページを捲る音と、カタカタとパソコンのキーボードを打つ音だけが部屋に響き渡る。



二人して無言な空間は別に居心地が悪いという訳ではないのだがこうして毎日の様に仕事を家まで持ち込んで頑張っているのだから弱音の一つくらい吐かせてほしい。それが叶わないのならせめてため息位さぁ…。



以前ルキにそんな不満を漏らせば「お前が無能なだけなのにどうして俺がそれに付き合わなければならない」と逆に怒られてしまった。それ以来私は弱音は吐かなくなったし、溜息さえめったにつかない。



そんな事をぼんやり考えながらも最後の単語をパソコンに打ち込んで、データを保存してシャットダウンさせる。



「アレ、ルキ…?」



ふいに顔を上げると、先程まで私の隣にいたルキの姿が見えない。そう言えばページをめくる音も聞こえなくなっていたな…
遂に私の隣にいるのさえ飽きてしまったのだろうか。それは流石にちょっと悲しいんですけど。仕事も彼の言う通り弱音を吐かずに頑張って来たのだって、こうしてルキの隣にいるのに恥ずかしくないようにという想い一心だったって言うのに…。




コトリ。
悲しくて目を伏せていると不意に目の前に置かれた少し大きめのマグカップ。ふわふわと白い湯気が舞っている。色から察するに中身はホットミルクだろう。
顔を上げて自身の頭上を見るとそこにはいつもの仏頂面のルキの姿。



無言だがどうやらこのホットミルクを飲めと言っているようだった。大人しくそれに従って、丁度いい暖かさのミルクを一口飲めば先程まで力の入っていた体がふっと柔らかくなるのが自身でも分かった。



すると不意にふわりと頭に冷たい何かが降ってきて、何事かと思えばそれは彼の、ルキの手で…
優しく、労わるように撫でてくれているのだと認識すれば大して強くもない私の涙腺はもう既に崩壊寸前だ。




「お疲れ様、花子。…よく、がんばったな。」




優しく、とても優しく微笑むものだからそれを合図に涙は堰を切ったかのように零れ出し、気が付けば私はぎゅうぎゅうと彼の腰に抱き付いていた。



「ぅ、ルキ…ルキ…」



「全く、お前はいつまでたっても泣き虫だな…」



「ルキの所為だもん。私悪くないもん。」



「そうだな、俺の所為…だな。」



震える声でそう反論すれば、珍しく肯定する彼。ずるいのよ。いつもいつも厳しいくせにこうやってふいに優しくするだなんて。涙がいくらあっても足りないわ。



「…今日は一緒に眠りたい。」



「調子に乗るなよ、家畜。」



「家畜にだってご褒美は必要よ!」



「そうだな…クク、仕方ない…」




言葉とは裏腹にとても嬉しそうに笑うルキを見て少しだけ悔しくなってそのまま全体重をかけてその場に押し倒してやるとゴチンと鈍い音がした。けれど今はそんな事お構いなしよ、お叱りなら後でしっかり受け取るわ。



「花子…」


「ルキ、だいすき…」


ちゅっと短いキスをしてみれば、そんなんじゃ足りないと言わんばかりに頭を掴まれ、そのまま深い口付けが交わされた。



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