かぜっぴき〜声が出ない〜


ドンッ!


大きな音を立てていきなり花子ちゃんは
文字の書かれたスケッチブックを僕らの前に差し出した。



「ん〜なになに?『風邪ひいた。声出ない。今日一日これで過ごす』…って、えぇ!?」



むすっと不機嫌な花子ちゃんの意思表示に僕達三人は身を乗り出して彼女の顔のすぐ前まで近付いた。



「おい花子!大丈夫なのかよ!声でねぇって…相当じゃねぇのか!?」



「ねぇ花子さん、どういうことなの!?僕の大好きな貴女の声が聴けないだなんて…あんまりだ!」



「と、取りあえずその風邪、手っ取り早く僕にうつしちゃってくれて構わないんだよ!?」



キュポン。



三者三様のリアクションに彼女は眉ひとつ動かさずにマジックのキャップを外してスラスラと文字を書いていく。



『煩い黙れ近い離れろ』


「ちょっと何なの!?この僕が折角心配してあげているって言うのにその態度!」




その文字はカナト君の逆鱗に触れたみたいで彼は彼女に力任せに掴みかかる。
けれど今日はカナト君の我儘もここまでのようだ。


「げほっ」


「ぁ…」


花子ちゃんが苦しそうに咳込んだを見てカナト君は大人しく彼女を掴んでいた手をそっと放した。



「…ごめんなさい。」



なんとあのカナト君が謝るだなんて!
これはきっと明日は雪が降る。
僕が呆然としていると、尚も無表情のまま花子ちゃんはまたスケッチブックに文字を書いていく。



『大丈夫。気にしてない。』



「つーかよ、お前そんなに具合悪いんなら寝てなくていいのかよ。」



アヤト君がもっともらしいこと言い始めた。
そりゃそうだ。けれどあのアヤト君がそんな事を言うだなんて雪の次は槍でも降るのだろうか。



けれどアヤト君のそんな言葉を聞いて彼女は少し気まずそうに顔を逸らした。
おや、さっきまで声は出ないものの強気だったのに一体どうしたのだろうか。僕達三人はお互い顔を見合わせた後もう一度彼女の顔を覗き込む。嗚呼、やはり顔色がとても悪い。



「花子?」


「花子さん?」


「花子ちゃん?」



僕らに名前を呼ばれて更に目を泳がせて彼女はおずおずときゅきゅきゅっとスケッチブックへ小さな小さな文字を書き連ねた。




とん…。


『一人ぼっちはさみしい』


小さくて潰れてしまいそうなその文字は僕達にはしっかりと届いて。
顔色悪いくせに真っ赤な彼女を見て思わず吹き出した。


「んもー!しょうがないなぁ!そんな淋しがり屋さんの花子ちゃんの為に僕が添い寝してあげるよ!」



可愛い可愛い彼女をぎゅっとこの腕に抱き締めて浮ついた声でそう言ってみれば負けじとアヤト君とカナト君も抱き付いてくる。




「仕方ありません…ライトだけじゃ花子さんが襲われてしまうかもしれないからボクも一緒に寝てあげます」



「んもぉ!酷いなぁカナト君はー!こんな弱弱しい病人ちゃんを襲う訳ないじゃないか!」



「おっ!ライトが女襲わねぇとか明日世界は滅びるんじゃねぇか?」



…もう、僕ってば散々な言われようだなぁ。
けれどもそう言われてしまうのは仕方ないか。
僕は小さく笑うと腕の中の素直じゃない淋しがり屋さんの頭を撫でた。



「ふふ、花子ちゃん。今日はみーんなで一緒に寝ようか。そうすれば淋しくないでしょ?」


すると彼女は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。



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