夢の終わり


ステージに立つ貴方は本当に輝いているのに
やっぱり少し気怠気で…




けれど、それでもその表情は何者にも縛られていないと言った清々しいもので、
なんて……




元々貴方は何にも縛られていないはずなのに
その表情を見る度に、私は無意識に涙を流していた。







「今日のラストステージ、素敵だった…シュウ、お疲れ様」



「そんなありきたりの感想とかどうでもいい……ま、花子だから許してやるよ」





ライブツアーの最終日、いつだって最高のパフォーマンスな彼だけれど
今回はまた特別で…会場は彼の歌と世界観に惹き込まれ、魅了されて…虜になって。
こっそり見に行っていた彼の…シュウの彼女である私もそんな中の一人で、
会場全体を惹き付けて全ての視線を当たり前の様に独り占めする彼に再度恋をした。



「ていうか花子は嫉妬とかしない訳?」



「んー…嫉妬っていう次元を超えてるって言うか……ステージのシュウは本当にすごいから」





ライヴが終わって打ち上げもそこそこに、今は先に家に帰っていた私を訪ねてきてくれたシュウの腕の中。
本当は疲れ切ってる筈なのに、私が独りぼっちで寂しい思いをしないよう、極力こうして訪ねてきてくれる彼がだいすきだ。
まぁその度にステージで舞い上がった感情を鎮めるために酷く血を吸われるのは少しばかりキツいけれど。



そんな彼に少し不満げな表情でそう尋ねてこられて小さく笑いを漏らしてしまう。
どうやらシュウは私に少しくらい嫉妬してほしいみたいだけれど、先程の言葉通りステージのシュウが他の女の子達を魅了した所で嫉妬心は微塵も沸いてこない
だってそれほどまでにあの場でのシュウは輝いていて格好良くて、素敵で…
嫉妬よりも、こんなにも人間の心を持って行ってしまう彼が私の最愛なのだと誇らしくて仕方がないのだ。




「俺は花子に“シュウは私のなのに”って泣いてほしかったんだけど」



「え……えぇ?何それ、可愛い」



「好きな女に嫉妬してもらうって結構男のロマンだったりするんだぞ?…聞き分け良すぎ」




アイドルの彼女としては模範回答だったはずの私の返事にシュウはむすっと頬を膨らませながら
ぐりぐりと私の肩に顔を埋めてやだやだと嫉妬してくれと駄々をこねてしまう…
ううん、私が他のファンに全く嫉妬しないのはこう言う可愛い態度を私以外に絶対にしない彼から与えられるトクベツも理由の一つだと本人は自覚があるのだろうか。



そんなステージ上では最高に格好いいはずなのに私の前ではちょっぴりお子様になってしまう彼を
やれやれと優しく抱きしめて苦笑を漏らしていれば不意にそっと手を取られ、優しく…本当に壊れ物を扱うかのように優しく指を絡めとられてしまう




「………シュウ?」



「なぁ花子……“此処”は本当にいいな。」



ぎゅうと、指を絡め取られたまま離れないようにと握られた手は少しだけ震えていた…
シュウ、突然どうしたの?
そんな思いを抱きながらじっと彼の言葉の続きを待つ…
ぽつりぽつりと呟かれる言葉は全く身に覚えのないものばかりな筈なのにずしり、ずしりと心に酷くのしかかってきてとても苦しい





「“例えばこんな事を考えてた”」



「しゅ、」



「“この血に縛られない世界があるかな……なんて”」



「何、言って…」



「でも……花子、アンタの傍にいた時は全てを忘れられていた……こうして、」



「や、やだ…」



ぎゅうと強く強く抱き込まれた体。
強く強く握られている筈の手…
なのにどうしてだかそれら全てがシュウの言葉によって曖昧に、朧に感じてしまって怖い。




シュウ、シュウ…何を言ってるの?
シュウは売れっ子アイドルで、そんなもしもの世界に思いを馳せるような辛い事は何もなくて
血だって別に何かに縛られているわけじゃない……好きな血を飲んで過ごしてるじゃない
私といた時は全てを忘れる事が出来るなんて……そんな苦しい事は“この世界”では何も…っ!





「あ、」



「花子…………、もう…時間だ」




ぐるぐると巡る思考の中で辿り着いた一つの単語に思わず声が漏れる。
いやだ、シュウ。
私は此処に居たい。




此処に居たいの……!




「花子……好き、大好きだ……愛してる」



「やだ……や、…やぁ…っ」



「もっと沢山言ってやりたかった……」



「シュウ…っ、やだ……やだよ…っ」




強く抱き締められている筈なのに心地いい圧迫感は次第に薄れて
彼の声も遠くへと消えていく。
いやだ、
シュウは誰もを魅了するアイドルで、
何者にも縛られずに気紛れに生きてるの……




血と過去と
逆巻と言う呪われた家に縛られている筈がないんだ




何度も何度もいやいやと首を横に振って嘆いても
シュウは優しい眼差しで私を見つめるだけ…
嗚呼、そんな顔…………“あっち”では見せてくれなかったのに
貴方は本当に狡い人




「ねぇ花子………いつもまでも此処には居られない。俺の魅せた最期の夢(ステージ)……良かった?」




「どう、して…だったらずっと見せてよ……いやだ…終わらせないで……っ」




「ステージはいつか終わりが来るものだ…」




柔らかで甘い声が響けばぐにゃりと歪む世界
嗚呼、これはきっと私が涙を沢山流しているからだ……だから視界が歪むんだ。
そうだ、そうに違いない。他の事なんてない。




頭で必死に言い聞かせているのに体はシュウから離れないようにと
必死に彼に縋りつこうとする。
嗚呼、こういう時に体は素直とでも言うのだろうか……




頭では現実を受け入れず
身体は現実を理解し、最愛に縋ろうと必死だ




「花子………ありがとう。アンタの傍はいつだって幸せで…暖かだった」



「やだ…これからも……これからもずっと一緒にいるの…シュウは私とずっと一緒なの!!」



「嗚呼、そう……だな、」




震える彼の声色、落ちる綺麗な彼の涙…
嗚呼、いやだ…その言葉は言わないで…お願いよ。
ぐちゃぐちゃな顔で泣きじゃくって縋るけれど、月明かりがふわりと私達を照らした瞬間
彼から……シュウからサヨナラの魔法





「あいしてた」






瞬間、
グラリ…意識は真っ白に初めて途切れてしまった









「…………、」



ゆっくりと目を覚ませばそこは覚えのあるベッド
嗚呼、もうあの人の香りは消えている。




ひとつ、息を吸えば「ひゅっ」と喉が鳴る
嗚呼………きっとあの世界で泣きすぎたから、





「シュウ」




ぽつり、最愛の名を呼ぶ。




けれどそれに応えてくれる声も、腕も、胸板も
もう何もない……





だってこの世界でシュウは……





「ぁ……ぅ……ひぐっ」




嗚呼、あんなに上手に泣けていたのに
どうしてこんなに此処では泣くのがへたくそなのか…
喉に詰まった嗚咽を何とか絞り出して……苦し気に息をするしかできない




本当に今思えばあの世界は理想的だった





「シュウ……シュウ…っ、あ……嗚呼、」







“例えばこんな事を考えてた”



“この血に縛られない世界があるかな……なんて”




いつの日かぽつりと呟いていた彼の言葉
その時の彼の瞳が余りにも寂しすぎて溜まらず「どうせならその世界でシュウ、アイドルになっちゃえばいいんだよ」と茶化したのは記憶に新しい。
そんな私の戯言にいつもなら「ふざけるな」とか怒ってしまったり無視しちゃう彼が悲しく微笑みながら「それ、悪くないな」って言ってくれた…




逆巻と血に縛られない世界なんてありはしない
彼が「逆巻シュウ」である限りそれは絶対に叶いはしない
けれど……けれどせめて、戯言くらいはと二人で語り合ったあの日々…




シュウはもしもの世界だと売れっ子のアイドルで




「シュウ、」





この世界と同じく彼を見る人が全てシュウに魅了されて…





「シュウ……っ」




そして一般人の私と秘密の恋に落ちて…




「嗚呼、…っ!」




ぽつり、ぽつり
漸くこぼれた涙は彼の香りが消えたシーツにシミを作り消えていく。
二人で語り合った虚しすぎるもしもの世界……
ねぇ、最期に魅せてくれたのは…どうして?





「どうして……どうして置いて逝ったの…!!」




絞り出された言葉が一気に私を現実へと引き戻す。
彼は……シュウはもう居ない。
血と肉の器は既に朽ちて消えた…




もう彼は私の胸の中の記憶しか存在しえない




「ずっと……永遠に……っ、眠っていたかった………っ」




彼が骸へと変わってから少しでも名残を追いたくてずっと使っていたシュウのベッド
昨日まで辛うじて少しだけ香りが残っていたのにもう今は完全に消えてしまって…





きっとこの現実の世界から全て消えてしまう前にと
彼が最期に私と語り合った誰にも、何にも縛られない幸せなもしもの世界を魅せてくれたのだろう




「シュウ…っ」




何度も…何度も愛しい名を紡ぐ
嗚呼、もう「なぁに?」って意地悪く応えてくれる声は響かない





ひゅっ、と
もう一度悲痛に喉を鳴らして私も彼とサヨナラの言葉…
世界から完全に消えてしまう前に、愛しい世界をありがとう






「あいしてた……っ」






いつか、
本当にいつか……あの日語りあったみたいな世界で
今度はつらく苦しい事なんてない日々で愛し合えますように






(「それでね?シュウはラストステージの後すぐ私の部屋に駆け込んできてー…って笑いすぎっ!」)




(「だって…俺がアイドルってホント想像つかない……って、花子…見てみろよ。ホラ。」)




(「あ……すごい。月……綺麗だね、月明かりが照らしてくれてる。」)



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