自称抱き枕
「すっごい疲れた」
今日も今日とてお疲れ様。
最近起きて仕事して風呂入って寝るの繰り返し。
嗚呼、完全に干物女だこれ。
「嗚呼、今日もお疲れ様花子ちゃん」
自宅の扉を開けて小さく社畜な自分へお疲れ様の言葉。
だってしょうがない。誰も私を労ってくれる人なんかこの部屋には…
…………今日はいるようだ。
玄関でビジネス用のパンプスを脱ごうと視線を落とした先に見えた
自分のものより一回り以上大きな革靴。
全く……来るなら来るって言いなさいよね…と言いたいけれど
この靴の主は最高に怠惰な男だからそんなの言っても無駄と言う奴だ。
「しゅーうー?どこー?」
「…………」
真っ暗だった部屋の明かりをつけてわざとらしく彼の名を呼んでも返事は返ってこない。
まぁね、別にきょろきょろ彼の…シュウの所在をわざわざ探さなくとも彼が私の家で居座るところなんか一つしかないのだから応えてくれなくても別にいい。
足を一直線に自室のベッドへと向け、つかつかと歩み寄ればやっぱりそこは不自然にこんもりと盛り上がっていて
小さくため息を付きながらベッドシーツをゆっくりと剥がしてやれば漸くお目見え革靴の主。
「何?私仕事で疲れてるの。シャワー浴びて寝るんだから退きなさいよ」
「…………わざわざ俺が来てやってるのになんだその言い方…ふぁ」
「態々愛しの彼女の家に無断で上がりこんでベッド勝手に占領してくれてありがとうございます退かないと殴る」
日々の多忙からイライラしている私にはシュウの半分寝かかっているその表情が最高に癪に触って
自身のそんな言葉と同時にふわふわなその頭にひとつ、ガインとげんこつをお見舞いしてそのままシャワー室へと移動した。
全く……こんな時に来たところで連日社畜モードの私はシュウの相手なんかできる余裕なんかないって言うのに。
きっと今頃完全塩対応な私にしょんぼりして部屋を出て行ってるだろうと
熱い湯を浴びながらひとつ、ため息…
ホント……余裕がない時は最愛にまで冷たくしてしまう自分はあまり好きではない。
「…………懲りないね。穀潰し」
「その呼び方はレイジだけで十分」
仕事後の簡潔なシャワータイムを終えて戻って来てみれば
彼は何事も無かったかのように未だに私のベッドの上。
ねぇちょっと…私明日も早いのよ。
さっきは疲れているのに無断で家にやってきた彼にご立腹だったけれど
今度は明日も早いのに未だに帰らず愛しのベッドちゃんを独占している事にご立腹。
「ねぇシュウ、だから私疲れてるんだって」
「ん、知ってる……だから、さ」
「ん?」
いい加減イライラのピークに達しそうな時、
シュウがゆったりとこちらに両腕を伸ばしたので思わず首を傾げてしまう。
何だろう…彼は何がしたいのか。
「俺は抱き枕があればぐっすり気持ちよく眠れる。疲れもとれる…気がする」
「?うん、そうだね…」
「ああ、だから今日は俺が花子の抱き枕」
「え、」
「ほーら、俺の事ぎゅってしなよ」
じっとベッドの上でひたすらに両手を広げて待っている最愛…もとい自称私の抱き枕の彼の言葉に
さっきまで苛々していた気持ちが単純にすぽんと何処かへ飛んで消えてしまう。
ああもう、そういう事ですか…
「はいはい、なら今日はもう眠いから抱き枕抱いて寝るよ?」
「ん、」
「はは、満足げだね。シュウ」
小さく笑ってベッドの上の大きすぎる抱き枕を腕に抱いてゆっくりと横になる。
いつもは私を彼が抱き込んで眠るのに今日はその逆…私がシュウを包み込むように抱けば
彼は胸元で満足そうに顔をぐりぐりとこすりつけるからくすぐったくて仕方がない。
ホント……そういうの、反則だからね?
「寂しかったの?シュウ」
「違う、花子が疲れてるからわざわざ抱き枕になってやってるだけ。」
「じゃぁ離そうかなー。私抱きまくらなくても疲れ取れるタイプ……いたいいたいいたい」
あくまで私の為と言う名目で抱き締められちゃってるシュウは本当に嬉しそうで思わず笑い声が漏れてしまう。
嗚呼、そう言えば最近仕事続きでまともに会えもしていなかったか…
優しく抱き締めてやったまま敢えて意地悪な事を告げてみればぐりぐりと胸元に埋めている顔を凄く早く動かしてしまうので摩擦で痛くて苦笑だ。
「…………ごめんね、シュウ」
「…………ん、」
連日の仕事で疲れていたとはいえ、ずっと会えずに寂しい想いをしていた最愛がこうしてやってきてくれたのに
冷たい対応を取ってしまったことを今更後悔して静かに謝罪すれば基本的に私には優しい抱き枕君はとても短い返事で許してくれたのでまた苦笑…
ううん、結構酷い事をした自覚はあるからもっと怒ってくれてもいいんだけれど…
「ん、ホント……今日はゆっくり眠れそう…」
「花子、もう寝る訳?」
「んぅ……シュウの抱き心地がいいから……ん、」
「………そっか、」
ぎゅうぎゅうとここ数日触れていなかった最愛を抱き込んでいれば
本当に心地よくなってしまってそのままうつらうつらと微睡を楽しんでいると遠のく意識の中聞こえる少しばかり残念そうな声
嗚呼、そうだよね……折角来たのにすぐ寝ちゃったら…
でもごめんなさい……もう限界。
愛しい抱き枕が気持ちよすぎて仕方がない
「ん、おやすみ花子………いい夢を」
久々にリラックスしきった状態で夢の世界へ旅立つ瞬間
ちゅっと可愛らしい音と胸元に小さな痛みが走った気がしたけれど、今日くらいは大目に見てやろう…
いつもなら付けるな付けるなと煩く言ってるけれど、今日は特別…
シュウに冷たくしちゃったのと折角来てくれたのにすぐ寝ちゃうそのお詫び。
嗚呼、干物女っての返上しないと…
私には相当可愛い可愛い彼氏がいたんだから。
そんな事を考えながらふかふかのベッドと心地よすぎる抱き枕をぎゅうと抱いて眠りに落ちる
嗚呼、こんなに心地いい睡眠、久しぶりだから
もしかしたら明日は遅刻してしまうかもしれないなぁ…なんて
ま、それならそれで別にいいや
…なんて思ってしまえるほど
自身の腕の中の自称抱き枕に癒されてしまっている深夜。
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