無音世界、愛の言葉
嗚呼、うるさい煩い
神経が昂る。
歌、BGM、町の喧騒…秒針の音
全て、全てが煩くて煩わしい…
それは自身の呼吸音や心音でさえ同じ事
嗚呼、誰か私を無音の世界へ閉じ込めてくれないか
「嗚呼、やっぱり人間は愚かだけどクラシックは別だな」
「…………ん、」
緩やかな音楽が流れる彼の部屋。
普段より穏やかなその声色にいつもなら嬉しくて胸が高鳴るのにどうしてだか今日は高鳴るどころか感情をかき乱されるばかりだ。
最近神経がいきり立っているのか些細な音でさえ感情を騒ぎ立てられてしまって落ち着いて眠る事が出来ない…
きっと只疲れているだけなのだろうけれど、今はこんな穏やかな音楽でさえ私にとっては拷問だ。
「花子………?」
「え、あ、や……なんでもないよ。平気…」
酷くざわつくこの神経質になってしまっている自分を悟られたくなくて
心配そうに覗き込んでくる最愛の海のような瞳に取り繕いの笑顔を向ければ
その表情は一瞬にして悲しそうに曇ってしまったので自身の心がもっともっとざわついてしまう。
嗚呼、どうしよう…
私はそんな偽りの笑顔さえままならないほど疲れてしまっているのだろうか
「あの、シュウ…ええと、」
ピッ
必死に何かを言い訳を探そうと曖昧な単語だけを発していれば不意に響き渡る短い電子音と静寂。
嗚呼、けれど……無音な筈なのにどうしてかやっぱり秒針や空気の動く音が気になって心が荒れる
少しでも最愛の彼と一緒に居たいと無理をして部屋にお邪魔したのがまずかった……
こんな状態の私なんて、きっとシュウの機嫌を損ねるだけだとわかってたのに
こんなんだったら彼に部屋に誘われたときに断ればよかった…
今更訪れる、自身の軽率な判断による後悔と
尚も耳に流れ込んでくる、普段なら気にならない煩わしい音に気持ちはぐちゃぐちゃにかき乱されてしまって
もうどうしようもない…狂ったように叫び散らしてしまいそうだと思った瞬間
両耳に重なった柔らかな圧迫感
「シュウ?」
「 」
その圧迫感の正体は目の前の彼が両手をこちらに伸ばしているからシュウの手だという事はすぐにわかったけれど
どうしてこんな事をしたのかと問うても彼の口がパクパクと動くだけで何も聞こえやしない。
あ………、今、本当に何も聞こえない。
本当に無音の世界になってしまった彼の口は未だに動き続けるけれど
その表情は何処か困ったように笑うだけで唇を読むような特技を持ち合わせていない私は只々頭にハテナマークを浮かべる事しか出来ないけれど…
「ん………ん、ぅ………シュ、」
「 」
久々に感じる静寂に漸く心の波風も静まり
今までいきり立っていた神経も穏やかになってしまって訪れるゆったりとした睡魔
うつらうつらと瞳を静かに閉じ始めればそっと私の瞼に何か柔らかいものが触れ、瞬間魔法の様に完全に私の意識は夢の世界へと旅立った。
嗚呼、もしかしてシュウは気付いていたのだろうか…
私が最近疲れて神経過敏になっていた事を…
そう言えば今日、流していたクラシックはどれもこれも穏やかなものばかりだった気がする。
「(ずるいよ……シュウ)」
薄れゆく意識の中、
私を癒そうとしてくれていたのならそう言ってくれと悪態をついたけれど
それは声に出る前に微睡の意識と一緒に飲み込まれてしまった…
嗚呼、本当に貴方は優しくて狡い人…
ほぼ真空に近い環境の中、ひとつ
そんな貴方が私に向けてなんと言葉を紡いでくれたのか……それだけが
それだけが聞けずに後悔となって残る。
嗚呼、起きたら聞いてみようか……
音のない世界を作ってくれた貴方は私に
どんな音でどんな言葉をかけてくれていたの?
(「嗚呼、こんなになるまでどうして言ってくれなかったんだ」)
(「今はおやすみ…花子。俺が全ての音を消してやるから……」)
きっとその声色は何処までも優しくて穏やかだったのだろう。
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