120円の策略
「あ、そう言えば私前ジュース代立て替えてもらってましたよね。返しますよカールハインツ様」
「ん?嗚呼……そう言えば花子に貸していたっけ、ええと120円?だっけ?別にそれ位構わな………」
「?」
ある日のエデン。
いつもの如く吸血鬼界の王様である目の前のダンディーなおじさま…カールハインツ様と優雅なお茶会の時に思い出した一つの借り。
確かあの時人間界で外が暑すぎて喉が渇いてたんだけど丁度財布を家に忘れてしまっていたので隣で飄々と一緒に歩いていたカールハインツ様に縋りついて120円借りてしまったのは記憶に新しい。
まぁ……普段黄金か、それ以上の金が動かせる黒いカードしか持っていないであろう彼がたまたま小銭を持っていてくれていた事も不幸中の幸いで…
お陰様で私は今こうして干乾びる事無く元気に日々を過ごせていると言う訳だ。
そんな数日前借りていたお金を返そうと申し出ればそこはやっぱり王様
120円位のはした金は別にいいと私に断ろうとしたけれど、そんな言葉の途中で何かを思い出したのか
少しばかり難しい表情でむむむと数秒考え込んだ結果何だかとても嫌な予感しかしないウキウキとした笑顔で先程の言葉を撤回した。
「うん、やっぱり返してもらおうかな?手渡しではなくて」
「?」
そんな彼の言葉に、穏やかな天候だったエデンの空が少しばかり不穏に曇ってしまったのは気のせいだと思いたい。
「…………まさか駅前のATM使ってみたいと言われるとは思いませんでした」
「確かルキが話していてね。カクヤスツウハン?の支払いを何やら小さい箱で取引出来るとか…私もやってみたくて」
ニコニコと言うよりかはそわそわと言った表現がぴったりな王様の隣で真顔な私
目の前には王様曰く小さな小箱……もとい銀行ATM。
全く……金の取引なんて電子取引か小切手でしかしたことがないからってたかだか120円を態々ATM使って振り込んでみたいとか本当に王様の好奇心にはいつも溜息しか出ないが
それ以上にこうして一々付き合ってやっている自分自身に溜息が出る。
「まぁいいです。どうせ返さなきゃいけないお金ですし…ええと、暗証番号は見ないでくださいね?」
「?どうして?」
「そりゃ、暗証番号見られたら今後私のお金を無断でカールハインツ様が……って私のはした金には興味ないですよねー」
「?」
のそのそとこじんまりしたATMの前へ二人で立って私のカードを使って彼にタッチパネル操作を丁寧に教えていくけれど
暗証番号入力の時に変わろうとしても初めて見る画面で楽しいのかじっと見られてしまったので慌ててみるなと言おうとしたけれど…まぁ、うん。
そう言えばいつだっておちゃめおじさんの印象が強すぎる彼だけでど、こう見えて一つの世界の王で日本の政界だって牛耳っているんだから
そんな私ごときの庶民の貯金額なんざ彼にとってはそれこそはした金なんだし別にどうでもいいかとひとつの結論を出し、気にせずぽんぽんと画面操作を教えていく。
ううん、王様……タッチパネル押すの滅茶苦茶楽しそう
「で、これでカールハインツ様の口座番号を……ってそれ位ご存知ですよね?」
「嗚呼、知ってるよ!だってこの魔法の小箱を使う為には必要だってルキに教えてもらってきたからね!」
「………ホントにこのATM操作楽しみだったんですね」
漸く相手の口座入力画面までやってきて今更であるが自分の口座番号知ってるのかと問えば
この世の者とは思えないとても美しいどや顔とルキ君の文字であろう口座番号が書かれているメモを見せられて思わず苦笑してしまう。
王様、王様……別に自分の口座番号メモって来たことはそこまで偉い事ではないんですよ。
けれどやっぱり初めての体験でワクワクしてるカールハインツ様は恐れ多いけれどとても可愛くて…
そんなツッコミを入れるのも可哀想な位だったので小さく笑って彼と一緒に間違いなないように口座番号を入力していった。
その時の彼の横顔がとても無邪気で……こんな人が神と等しいとか言われてるんだなぁと思うとちょっぴり実感がない。
「さてさて、そろそろ終盤ですよ?入金額を……っておい!!!」
「ん?嗚呼、花子が教えてくれるのが上手だしこのパネルを叩くのが楽しくてつい」
「ついじゃないですよ!!え!?ちょ、こんな…えぇ!!取り消し取り消し!!!」
もう後は口座への入金額を入れて間違いないかの確認で完了ボタンを押せば終了と言ったところで事件が発生。
タッチパネルを押すのが楽しくなっちゃった王様が勝手に私の口座のほぼ全額の金額を入力してしまって確認画面まで飛んでしまったのだ。
ちょっと!!私は120円入金するだけのはずなのに何でほぼ全額をカールハインツ様…もとい人間界だから逆巻透吾宛てに入金することになってるんだ!!
戻せ!!!今すぐだ!!!
こんなもん入金されてしまった日には私の人生が終わると言うか今後生活が出来ないと大慌てで取り消しボタンを押そうとしたら
それより先に長くて綺麗な指先がぽちっと確認ボタンを押してしまって入金完了しましたの画面
青ざめる私
何か画面が変わってキラキラ笑顔の王様
そして出てきたカード残高15円の明細書…
「ちょっとおおおお!!!どうしてくれるんですか王様!!!私のお金ほぼ全部カールハインツ様の口座に!!!戻せ!!!今すぐだ!!!!」
「え、でも私…もうこれタッチするの疲れてしまったよ。今日はそのカードも持っていないし」
「はぁ!?なん…私から全財産騙し取るつもりか!!」
ATM前で吸血鬼界の王に掴みかかり地獄の眷属顔負けの恐ろしい顔で詰め寄っても
彼はくったりした顔でそんな事を言うけれど今日と言う今日は許さない!!!そんな可愛い顔をしてもだ!!
だってここで諦めたら終わる!!!
私の人生と生活が!!!!
ぎゃんぎゃんと彼に向って喚いていれば彼がぽんと手を叩き
「嗚呼、そうだ」と名案が思い付いたと言わんばかりの笑顔で今度は彼自身がそのままずいっと私に詰め寄ってきてしまったので
気圧されてしまいさっきまで放っていたマシンガンのような喚きはピタリと止まった。
「花子がこのまま私とエデンに来ればいいんだよ。そしたらあのお金もそのまま花子が使う事になるし、と言うかそれ以上も使ってもいいしね。」
「は?」
「あ、大丈夫。退職届とかは私の使い魔に手配させるから花子は着の身着のままで魔界に来ればいい。全部用意するよ?」
「いやそう言う問題じゃなくて……いやいやいや?」
うきうきと話をどんどん進めて行ってしまうカールハインツ様にさっきまで激怒していた感情は何処へやら
今はもう戸惑いと「コイツ何言ってんだ」と言う気持ちしかない。
え、私の口座に金返すのが疲れるから私を魔界へ連れてく?
………いやホントに何言ってんだコイツ。
ビシリとぶっ飛んだ考えを進行していってしまう彼を見てあっけに取られていれば
少し嬉しそうに指さしたのは魔法の小箱ATM
そして彼は本当に嬉しそうに…無邪気なおじさんのように微笑むのだ。
「これ、使い方教えてくれたお礼だよ?」
「たかだかATMの操作方法教えただけで人間囲ってたらエデンが人間大国になるわぁぁぁ!!!」
そんな叫びも一度スイッチの入った王様には届かず
虚しく一辺に響くだけで終わり…現在…
私はエデンでとてものんびりと日々を過ごしています。
「まさか、こんな120円返すつもりが私自体を差し出すことになるとは」
「?何か言ったかな?花子」
「いいえ、何も……ってもしかしなくともあれってわざと……」
目まぐるしい人間世界とは比べ物にならない位の穏やかな日々にぼんやりそう呟いて
諸悪の根源である王様を見つめ、一つの疑問を口にしようとすれば不意に
あの日、私のほぼ全財産を奪った人差し指が私の唇を塞いでしまう。
そして理解するお茶目おじさん……もとい、吸血鬼王カールハインツの見え見えの演技。
「全く……王様人が悪い」
「おや、今更だね。私はそんな良い王様でもないんだけれど。」
二人で言葉を交わし、小さく苦笑。
あの日、確認ボタンを押したのはきっとわざと
彼は最初から私を魔界へ完全に連れ去ってしまう口実が欲しかったようで…
それにしてもその方法が少々……いや、かなり手荒なのは如何なものか。
「ま、これからもお世話になりますよ。カールハインツ様。」
「嗚呼、こちらこそ宜しく頼むよ花子。」
120円から始まったひと騒動はどうやら全て彼の掌だったようで
それは少し悔しいなぁと思いながらもまぁ…
こうして何だかんだでお茶目な彼とずっと一緒に居れるようになったのは
悪くないかもしれないと、思ってしまっている。
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