お疲れ様〜シン君の場合〜


疲れた




つかれた




もういやだ、泣いてしまいたい






「うー……」




一人真夜中の路地を歩いて必死に涙を堪える。
ちょっぴり疲れてしまった…学校の授業も、友達関係も少しだけ。




普段なら勉強だって楽しい、友達だって大好き。
でも今はそうじゃない……何もかもが大嫌いに思えてどうしようもない…
決定的な出来事なんてない…ひっと日々のちょっとした「ん?」って思ってしまう事の積み重ね




「泣きたいのに……」




夜道に弱弱しい私の声が響き渡るけれど
誰も聞いてくれないソレは虚しく只空気に吸い込まれて消えてしまった。
泣きたいけれど…ちょっとした積み重ねだけで泣くなんて
誰かに「下らない」と怒られてしまいそうだと、自意識過剰な被害妄想が私を支配して涙さえ流せない




嗚呼、本当に気持ちが疲れてしまってるんだなって思っていれば
目の前に現れたとんでもない大きな狼、もとい最愛が一匹。





「え」




「全く、ちょっと学校での様子がおかしいなって思ってたらやっぱりね」




ふすっ、とその可愛らしい鼻を鳴らしてこちらによって来る彼に私は首を傾げるしかない
どうしてここに居るんだろ…先に帰ったんじゃなかったっけ?と言うかどうして態々狼になってるんだとか
色々考えていればがぶっと制服の襟を咥えらててそのまま私の身体は勢いよく宙へと舞った




「うえええええええ!?シンくん!ふぁー!?」




「ほんっと。花子って叫び声色気ないよね」




ぶんと彼……愛しのシン君に空高く放り投げられて思わず大声で叫べば地上で私を見上げてる彼が全くもって落ち着いた様子でそんな事を言っちゃうけれど今私はそれどころではない。




死ぬ死ぬ死ぬ!!!こんな高く放り投げられて落ちたらぺしゃんこだよ!?
いや、そりゃさっきまで色々疲れてしんどい泣きたいとか思ってけど死にたいだなんて一度も思ってない!!!




けれどそんな私の想いも虚しく宙に上がるだけ上がった身体は後は地面へ真っ逆さまに落ちるだけ。
落下独特の無重力感に体全てが覆われてしまってもはや死を覚悟した数秒後






もふっ





…………もふ?






数秒後、私は地面に盛大なキスと言うか体当たりと言うか
べしゃっと潰れる事はなく、怖くて目を閉じていた私が感じたのは体全体に襲うはずの痛みではなくとても心地いいもふもふだった。





「……………あれ?シン君?」




「ふはっ、何その間抜けヅラ。俺が花子を潰すとでも思わった訳?」




「う、うん。彼氏に殺されるって思った……」




「あはは!幾ら低能で無能な下等種である人間でも流石に最愛は易々と殺さないって」





どうやら私が着地したのは大きな狼になっているシン君の背中だったようで
うっすらと目を開けたら首を捻ってコチラを見る詰める彼の瞳と目が合って今は狼の姿だって言うのに思わずドキリと胸が高鳴る。




そんな大好きな彼の瞳をじっと見つめながら自身の本心を語ればちょっぴりその瞳を細めておかしそうに笑う彼にまたドキリ。




すると彼はそのままふいっと前を向いて小さな声で「落ちないようにしっかり捕まってなよ」と呟くと
突然すっごく早い速度で道を走り抜け始めた。




「わ!おわ!はやっ!!!シン君!!早い!!!風すごっ!!!」




「どー!?始祖の背中で感じる風は気持ちいいでしょー!!」





ぐんぐんと走り抜ける速度は上がっていって頬を微かに掠めていた風は次第に勢いを増して今やシン君の背中に必死に捕まりながら心地いい疾走感に満たされる。
嗚呼、これ……すごく……すごく




「うん!!すっごく気持ちいい!!!てか楽しいー!!!シン君、もっと、もっと速く走れる!?」




「俺を誰だと思ってんのさ!!始祖だぜ!?俺の本気はこんなもんじゃない……見てなよっと!!」




「うお!!!うおおおおおおお!!!!ジェットコースターみたい!!!」





とんでもない速度で夜道を走り抜けるそれはまるで絶叫マシーン。
なんだかそれが楽しくて、気持ちよくて…さっきまでうじうじ色々考えていたのに全部全部吹っ飛んで只々シン君のハイパー脚力に感動しっぱなしである。
あれ、私何に対して疲れてたんだっけ?




「もう、どうでもいっかー!!!」




「ん………あんたはそれでいいんだよ。いつもそうして馬鹿みたいに笑ってなよ…愛しい人」




「え!?何か言ったー!?風で聞こえないよー!?」




「なんでもないよー!!!ほーら、もっともっとスピードアップしてやるから、落ちるなよ花子ー!!」




大好きなシン君の背中に乗せてもらった事に対しての嬉しさと、こうやって高速で夜道を走り抜ける快感で
さっきまで泣きたいのに泣けないと言ってた私は今や超ご機嫌。
うじうじ日頃の積み重ねで暗くなってた事が馬鹿らしくなるほど今は楽しくて仕方がない。




そんな私をチラリと見たシン君が何か呟いたみたいだけど風を切る音に阻まれて全く聞こえなかった…けど
でも、ちょっぴり……




「シン君ー!?何か身体熱くなったよ!?大丈夫!?」



「なんでもない!!!俺は全然こんなの平気だし!!!!別に花子が元に戻って嬉しいって訳じゃないから!!!」



「ごめんまた聞こえなかった!!!」



「!この低能種族め!!!もう知らない!!!本気出してやる!!!!早すぎてビビるなよ花子!!!!」




少しだけ触れている部分、無い筈の彼の体温が上がったような気がしたけれど…
また、聞こえないって言っちゃったけど……今度はちゃんと聞こえてた。




「シン君………ありがと、だいすき」




びゅんびゅんと風を切りながらきゅっと彼の背中にしがみついて小さく感謝の言葉をひとつ




そんな、まさか偉大な始祖様がちょっと学校での様子が変だったからって気遣って迎えに来てくれたとか
私を励まそうとこういう事をしてくれただなんて思わないじゃない…




偉大な始祖様……もとい彼女想いの愛しい彼氏の背中で風を感じながら少しだけぽたりと涙を零した。
それは疲弊や悲しみの涙ではなくてあなたへの感謝の涙。




シン君、ありがと……だいすきだよ




そんな私の想いこそ、風の音にかき消され消えてしまったけれど…うん、
きちんと元気になったら改めてシン君につかえてるからいいかなって…





そんな呑気な事を考えながら
私は愛しの彼の背中に乗って夜の街道を疾走していった。




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