満たされた両手


何も持つことが出来なかった
初めはそれが酷く苦しくて、腹立たしくて
持っている者を妬み、憎み、殺意を抱いていた……




けれど、気の遠くなる年月を重ねていき
私は持てないのだと、思い始めた




生き物には相応というものがあって
私はその中でも望んだモノは持てない生き物なのだと
そう思えば世界は徐々に色を失っていき
もう、自身の人生そのものさえ脇役で構わないと諦めていた




「レイジさん、だいすきです」




そんな時に救い上げてくれた柔らかな声は
酷く弱くて脆くて、それでいて暖かだったのを覚えている。





「きっとこんな日が来ると思っていましたよ、花子」




静かな部屋でそんな声の主の名を呼んで穏やかに笑みを浮かべる
こんな風に私が笑えるのも全て花子のおかげだ




全てを持ち合わせているものではなく
何も持っていない私を選んだ彼女は、私のからっぽの両手に図々しくも居座って呑気にニコニコと微笑んでいた。





初めて手に入れたソレに
私の胸の奥は穏やかに、暖かに……まるで見下していた人間のように幸せに満ちていて
初めて………初めて心からこの世に生まれてきて良かったと
漸く誰かに自身の存在を認めてもらえたと……思ったのだ。





そっと横たわる白い頬を撫でても私の笑みは変わらない。
彼女に、花子に愛されもうどれだけの時間が経ったかは覚えていないが
覚醒の叶わない花子の体が壊れるまで意外に沢山の時間を過ごせたと思う。





「私から離れれば人として、人生を全う出来たというのに愚かなひとだ」




何度も何度も、もう動かない、笑わない彼女を撫でても涙は出ない
嗚呼、きっとこのような私を見たら誰しもが冷血、薄情、そう思うのだろうが…





「しあわせでした、花子」




泣けないのは仕方がない。
肉体的に別れてしまうのは確かに悲しいが私の胸は今彼女がくれた沢山の思い出で満たされている。
きっと時が経ては徐々に貴女の死を受け入れ
時折涙を零すこともあるでしょう。
けれど、きっとそれは苦しいというよりかは何もなかった私の両手にこれでもかと沢山の愛を零していった貴女を愛しく思ってだ






自身の生を全うすることより
私の傍を選んでくれた貴女……
空っぽだった私の両手は花子と過ごす時間であっという間に満たされた。





「ありがとう、花子…………愛してます」





私の両手と胸を、言葉通り全て投げ打って満たしてくれた愛しい貴女へ愛の言葉
きっとこれくらいではいただいたものの半分もお返しできていないと思いますが
せめて持って逝って下さい。




静かに自身と同じくらい冷たくなってしまった唇にキスを落としておやすみなさいの魔法
王子様だときっとこれで目覚めるのだろうが自身が柄ではないのはわかっているから
こうして、貴女がせめて穏やかに死後の世界で眠れますようにと……願いを込めて。





愛していたと過去にするには勿体ない貴女に最後に微笑みかけてさようなら。
嗚呼、けれど……やはり私の両手も、胸も満たされたままだ。






「人間とは………いえ、花子は本当に素晴らしいひとだ」





身体は別れを告げていても
彼女の魂は未だに私の両手に、胸にのうのうと存在し続けている
愛しい思い出という日々と共に……





「嗚呼、本当に貴女は宝物だ」





静かな夜、穏やかにそう微笑めば
いつになく明るい星が流れて消えて小さく笑みを浮かべた





花子、愛しい人…
何も持っていなかった私に愛をありがとう



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