王殺し


厄介な者を知ってしまった





嗚呼、こんな感情…捨て置けばよかったのに





そう思いながらも私は、後悔していないのだ。




「花子……」



そっと自身の傍らで眠る最愛の頬を撫でれば
小さく唸りこちらに擦り寄ってくる彼女に穏やかに笑みが零れてしまう。
嗚呼、もう間もなく死が訪れると言うのにどうしてか気持ちはこんなにも穏やかで仕方がない。





花子を愛してしまった。




何の変哲もないごくごく普通の下等種である人間の彼女を愛し、慈しみたいと
心から願い、そうしてきた…
けれどその気持ちは日を追うごとに私の胸の内を侵食していき、遂には彼女以外本当に見えなくなってしまったのだ。





彼女が最期を迎えるまで…その一生を終えるまで傍にいるには
終末病を治す為、始祖の血を引く女の血が必要だと言うのに、もう……私は花子以外の何かをこの口へ運ぶことに嫌悪を感じてしまう程に愛してしまった。




自身が生き延びる為と
割り切って他の女から血を奪う事さえもう出来ない





そしてそんな花子への愛に囚われてしまった愚かしい始祖王の末路は決まってしまっている。





「花子……貴様は今どんな夢を見ている?」




「ぅむ……カル、ラ……さ、…ふへ、」




「………そうか、夢でも私に会っているか。……何処までも従順な女だ。」




何度も何度も愛しい花子の髪を、頬を、唇を撫で
未だ眠る彼女へともう一度問えばぽつりと返ってきた私の名にひとつ、そっと息を吐いて微笑んだ。
嗚呼、きっと今の私の表情は王としての威厳の欠片もない…ただ一人の愛する者を持つ男としての表情なのだろうな。





「花子……貴様が私を殺すのだ」





そっと最期にと眠っている彼女の唇を塞ぎ
理不尽な罪を押し付け、苦笑を漏らす。
嗚呼、貴様が私の末路を知ったらきっと自身を責め、嘆き、悲しむのだろう……





しかしその間、花子……貴様の胸の中に私が在るのだと思うと
最愛を哀しませると言うのに酷く嬉しく思ってしまう非情な私をどうか許してほしい。





空が明るくなるを感じると当時に自身の身体が内側から崩れていく感覚に目を細める
嗚呼、もう時間か……長いようで短かった。
夜が明けると当時に体が朽ちるなど……なんとも物語じみた結末だと自嘲しながらも最後の最期まで
彼女の傍から離れず、そっと小さく暖かな手を取りもう一度、微笑んだ。





花子、貴様を此処まで愛してしまった事、後悔はしていない…
だが……貴様を看取ってやる事もなく、眠っている間に独り、逝ってしまう事は済まないと……思う。




「花子………」





サラサラと内側が灰になっていく
嗚呼、もう少し……もう少しだけ待っていてほしい私の身体。
花子にどうしても伝えたい言葉あるんだ。





「花子、……、」




つま先から灰になり、彼女の手を取っている感覚もなくなっていく
嗚呼、嗚呼……花子、さよならだ。
貴様を愛しすぎて逝ってしまう私をどうか……





「………、」





違う





そんな言葉を最期に伝いたいわけではない。
崩れゆく私に手を取られ、呑気に幸せそうに微笑む花子の表情を見つめ
最期に……本当に最期に笑った私の頬に、ぽたり
部屋なのに一粒…雨が零れた気がした






「愛している」






瞬間日は昇り、私の身体は全て灰となり
花子の傍で朽ちて消えた。





花子、どうか目を醒ましたら一時で構わない…嘆いてはくれないか
貴様の中に傷としてでも私は存在しておきたい…





遥か昔、
親や最愛に先立たれ嘆いていた同胞と同じ……いや、きっとそれ以上の声がきっと響き渡るのだろう
けれど…私はそれが酷く嬉しくて仕方がない。






花子、
最初で最期の私の願いだ





どうか、私を殺した罪で
嘆いて苦しんで欲しい





そして





それ程まで
私が貴様を愛していたのだと……胸に、…どうか





日が昇り、窓の隙間から入ってきた日差しと穏やかな風が
ふわり、細やかな灰を舞わせ
そっと彼女の白い肌を撫でて消えた。



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