無神の夏


「おい……あっちを向いてないでこっちを向け……お前が見つめるのは俺一人で十分だ」




ぐいっ





「やだ、ルキ君の方なんか向かないで……貴方が幸せにするべき人はこの私でしょう?」





ぐいっ




「……………花子、こいつを離すんだ。こいつは俺のモノだ。」




「……………ルキ君こそ離しなさいよ。この子は私のモノだもん。」





ぎりりりりりりり





酷く蒸し暑い夏。
最愛な筈のルキ君とじとりと睨み合い。
いつだってお互い譲りあったり話し合って穏やかに愛し合ってきたと言うのに今日ばかりはルキ君と彼を取り合って対立
今日だけは……今日だけは幾ら最愛の貴方だろうと譲らない。




「ルキ君どっかいって。私はこの子と二人きりがいい」



「ふざけるな消えるのはお前だ花子。俺はコイツと穏やかな時間を過ごしたい出ていけ」




「「………くっ」」




先程からお互いに全く譲らず膠着状態。
話の内容からして私とルキ君が誰かを取り合っているように思える…所謂公開浮気だ。
けれどそれだとどちらかが同性を好きになってしまった感じだけれどそうじゃない…






だって…






だって私とルキ君と彼はそもそも種族自体が違うのだから





「もおおおお!!!いい加減扇風機私に譲ってよ!!!ルキ君は体温ないんだからちょっとは我慢できるでしょ!?」



「今日の熱帯夜で吸血鬼も人間も関係ないだろう!!!俺だって暑くて死にそうなんだ!!」




ギギギっ




ぎりりっ




今年一番の熱帯夜とニュースで報じられていた今日
私達は冷房をガンガンにつけて対策バッチリで臨んだけれど神様は酷く残酷で…
プツリと残酷な音を奏でてこの暑すぎる夜、私達の命綱である冷房は静かにその命の幕を閉じてしまったのだ
そして急遽応急処置として引っ張り出してきたのメシア、扇風機を現在ルキ君と奪い合っている最中なのである。





「ちょっと!!扇風機の首乱暴にしないでよねっ!!もげたらどうすんの!!私達マジで死んじゃうよ!?」




ぐいっ




「そう言う花子だってさっきから力任せに首を持っていくじゃないか扇風機が見つめるのはこの俺だ」





ぐいっ




「いーや!愛しの扇風機ちゃんが見つめるのは私って決まってるの!!」





何度も何度も扇風機の首を互いに自身の方へと向け先程からギシギシと危うい音が聞こえてしまっているが
今私達にそれを気遣う余裕はない……暑い、熱すぎる
それはこうして最愛を気遣う余裕をなくして醜く争う程に




「花子、こいつを譲ったら褒美をくれてやるから」



「今はその言葉になんの魅力も感じない私は彼さえいればいい」



「家畜貴様」




ギリリリリリリリリ





二人で扇風機の頭を掴んで静かに大戦争
その間も部屋の熱気はますます上がってしまっていて…





「もう!!ルキ君いい加減に…」



「はぁ〜あっつーい何で冷房壊れちゃう訳?ってちょっとルキ君と花子ちゃんずっるーい!!扇風機俺も俺も―!!」



「あ、おいコウ…っ!」





バキッ




「「「あ」」」





………………




流れる静寂
悲壮な顔の私
絶望の表情のルキ君…





そして…………






私達の争いに突如乱入して空気も読まずいきなり強引に扇風機の首を変な方向へと曲げ
バッキリと根元から折りやがった暑さ以外の汗でまみれたアイドルが一人





「花子……すまなかった。俺とした事が最愛であるお前を気遣う事をせずに自分ばかり…」



「ううん、いいのルキ君……私だって自分の事ばかり優先して……反省してる」





そっと互いに手を取り愛し気に相手を見つめ先程までの各々の態度を謝罪してはすぐに許して仲直り
だって今の私達には最愛同士で争っている心の余裕なんか持ち合わせていない。




「え、えっとぉ………ふ、二人とも仲直りできてよかったね!!これも喧嘩の原因を倒した俺のおかげー…」




「コウ」



「コウ君」




私達の感動的な仲直り場面を引きつった笑顔と声で見守っていたコウ君が
スススと音もたてずに部屋から退散しようとしたので私とルキ君の手はぬっと不気味に差し出され
その両肩にポンと静かに……ゆるかやかに置かれて二人で満面の笑顔
そっと頬に無数の青筋を添えて。




「嗚呼、コウには感謝をしている。俺達の不仲を止めてくれたんだろう?」



「うんうん、とっても感謝………だから、ちゃぁんとお礼…しないとね?」




「痛い痛い痛い!!!か、肩に指食い込んでる二人とも!!!ごめんって!!!扇風機あんなに脆くなってるとは思わなくて!!!!」




「「喧しい」」




今、私とルキ君は互いの最愛…扇風機をアイドル次男に壊されてしまって心がひとつになったのだ
嗚呼、ルキ君……私達、やっぱり似た者同士だね。
きっと考えてることは一緒……そんな貴方がやっぱり誰よりも愛おしいよ。




互いにコウ君の肩にギリリと指を食い込ませながら見つめて微笑み合った
やっぱりお互いに理解しあっているのは貴方だけ…




愛おし気な視線を数秒交わして
往生際悪く必死に逃れようとじたじた暴れる私達の共通の敵にギロリと視線を向けた




このクソ熱い熱帯夜に唯一の光を軽率にバッキリ折っちゃった罪は重いのだ





「「さぁ………調教の時間だ」」





今年一番の熱帯夜
最愛同士が争う声から、一人のイケメンアイドルの断末魔が代わりに響き渡って暗闇に消えた
無神家の夜は今日も酷く暑くて苦しい



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