ブサイクな最愛


「え、何そのブサイクな顔」




「よし表に出ろ今日と言う今日は許さん」




「めんどくさい」





顔合わせ一番に呟かれた最愛のそんな台詞に
私の普段より綺麗であろう顔面にはビキリと青筋が浮かんで
お下品にも目の前の最愛に向けて中指を立てそうになってしまうがここはパーティ会場
我慢……我慢である。




「折角張り切ってお化粧してきたのにその言い方はないでしょう、シュウ」




「だってあんた本当にブサイクだし……ってもしかして自覚無い訳?花子」





緩やかな音楽が流れる会場
周りの人間……と言うかヴァンパイア達は優雅にステップを踏むけれど
私達は…と言うかシュウはダンスとか怠いなんて言い出してそのまま二人で会場の隅へ避難してしまった





今日は彼のお父様が主催のダンスパーティー。
本来なら彼らにとって餌である人間の私はこんな所に来れないはずなんだけど
シュウの最愛だと言う事で特別に招待してもらった…




それが嬉しくて、後吸血鬼さんはシュウ含めすごい美形しか見たことがなかったので
少しでもそんな彼らに見劣りしないようにと張り切って美容院できちんとメイクもしてもらって
髪だって素敵にセットアップしてもらったと言うのに肝心のシュウの感想がアレである。




正直女の努力を微塵も分かってくれない自分の彼氏をぶん殴りたくて仕方がない。





「普段がブサイクなのは分かってるよ…でもさ。今日はちょっとは綺麗でしょ?ホラ。」




「いや、花子今日はもっとブサイク」




「シュウもう灰になればいい。」




会場の隅でもう一度彼の方へと顔を向けて普段よりもお化粧頑張ったんだよ?
ほら、他の吸血鬼さんよりはやっぱり見劣りしちゃうかもだけど綺麗でしょ?
って気持ちを込めて言葉を紡いでも返ってくるのは辛辣な言葉だけ…



なんなの……そりゃシュウの周りは男も女もこの世のモノとは思えない位の美形ばっかりで
私なんか普段は見るに堪えない顔かもしれないけど……今日は…今日くらいちょっとは褒めてくれてもいいじゃない。






貴方の最愛だからって特別に招待されるって事がすごく嬉しくて…
その肩書に負けないようにって頑張ったのに






さっきまで一向に褒めてくれないシュウに対して怒りしかなかったのに
徐々にその胸の内に悲しみが広がってしまってすぐにでも泣いてしまいそう…





やっぱり私なんかじゃシュウには見合わないのかな。
と言うかさっきからシュウ、ブサイクばっかり言うし…
もしかして会場の隅に避難したのも只怠いからじゃなくてブサイクな私を最愛だって皆に見られたくないから?






じわり




哀しい事を考えていれば涙はすぐに溢れて
それは簡単にぽたりと頬を伝ってしまう…
瞬間、冷たくてごつごつした指がグリグリとその涙を頬全体に塗り拡げてしまって
私は思わず少しばかり大きな声を上げてしまった。




「ちょ、シュウ!なにして…っ」



「ん?花子の涙でこのクッソブサイクな化粧取ってる…ほーら、もっと泣きなよブサイク」




「な…っ、ちょ、やめて……やめてよ…っ」





ぐいぐいと頬全体を擦る指は止まることはない
そして私の涙を彼から浴びせられる罵声に留まる事をしらない




溢れ、零れ落ちる涙はシュウの手によって顔全体に塗り拡げられ
綺麗に化粧されていたファンデーションもマスカラも、アイシャドーも口紅だって台無しのぐちゃぐちゃだ





「ふはっ……やっぱすっぴんになったらもっとブサイクだな花子」




「ひど……シュウ、酷い」





もうすっかりボロボロの元のすっぴんの私
と言うか化粧をぐちゃぐちゃにされてしまって普段よりもっとひどい顔になった私を見て愉しそうに笑う彼が信じられなくて
未だに涙を零し、時折嗚咽を漏らしてしまう




折角……折角頑張ってお化粧したのに
ずっとブサイクだって言われて挙句こんな酷い顔にさせられて……もう私の心は最高に傷付いた。





なのに……




なのにどうしてかそんな私の唇に触れたのは
さっきまで私をブサイクだとしか言ってくれない意地悪過ぎるその口で…




「シュウ?」




「ん、ホント花子はブサイク」




そっと離された彼の表情は酷く満足げに頬んでいるけれど
やっぱり口から出るのはブサイクただ一つ。
その酷すぎる彼にもう一度涙が溢れそうになった時、今日初めて……今日初めて最高に嬉しい言葉が漸くその口から出てくれた。




「俺は見合わない化粧なんかしてるブサイクより、いつものブサイクな花子が好き」




「う、う、う」




「こんな所で張り切るなよ……それとも、あのケバイ化粧で俺以外の男を誘惑したかった?」




「そ、そんな事!!」




ブサイクって言われてるのには変わりないのにどうしてこんなにも胸が高鳴って
さっきとは違う意味の涙が溢れるのだろう…
ぼろぼろとだらしなく流れる涙はますます私の綺麗な化粧を剥がして行ってしまう。




そして現れるのはシュウが望んでいる普段通りの私の顔




「ん、花子は俺に見合う様に頑張ったんだろうけど余計な事過ぎ。あんな化粧似合ってないし…」




「で、で、でもパーティだし……シュウの最愛でトクベツにって…だから」




「俺はあんなケバイ化粧で興奮しない。」




「別にシュウを興奮させる為に頑張ったんじゃないやい!!」




そんな普段の私に戻ったらシュウは少し嬉しそうに笑いながら
今度は綺麗にセットした髪をわしゃわしゃと撫でて滅茶苦茶に乱すから
もはや今の私の姿は誰から見ても見るに堪えないものなのにどうしてかちっとも悲しくない……
きっと彼のその嬉しそうな笑顔がそうさせるのだろうが…




クスクスと小さな笑い声と冷たい視線を沢山感じるけれど当たり前。
だって今の私はほぼすっぴんで髪はぐちゃぐちゃのこの煌びやかなパーティ会場には全く持ってふさわしくない格好なのだ。



シュウとの呑気な会話で忘れかけていたけれど我に返ってこの姿でこの場に居るだなんて恥ずかしいってチラリと視線をシュウに向ければ小さく笑って彼はそっと私の前に手を差し出した。




「こんな怠いパーティ抜け出そう。最高にブサイクな最愛さん?」



「煩いよこんなブサイクに惚れたシュウが悪いでしょ一刻も早く連れ出してイケメン王子様」




差し出された手を勢いよく取れば彼はまた小さく笑うから
嗚呼、もしかしてシュウはさっきまでの綺麗な私は普段彼の前に居る私と違ったから嫌だったのかな…なんて
そんな都合の良い事を考えてしまう……しまうけれど




「ほーら、部屋で俺がもっとブサイクにしてやるから覚悟しなよ……啼いて善がるあんたもぶっさいくだし…ククッ」



「え、ちょっと待ってシュウ化粧した私に興奮しないって言ってたと言うかオイ聞き捨てならんぞそんな時の顔までブサイクって言うの?殴っていい?」



「ん、俺の言葉に泣いちゃう花子に興奮した。」





スタスタと寝室へ向かう途中にそんな事を言われてしまって前言撤回。
何だコイツただ私を虐めたかっただけか…なんて思ったけど




「ん、やっぱり俺はいつものブサイクな花子の方がいい」




そんな小さな言葉がしっかりと私の耳に入ってきてしまったので
今日も私は彼の最高でブサイクな最愛でいてあげようって、
心の中で思ってしまったから本当に単純な女なんだなって、思う。



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