無題
きっと静かな冬のふたり
それは、とても寒い冬の日だった。
今日は特に冷え込むでしょう――なんてニュースキャスターが言っていたから、とにかく部屋から出たくない。
ちょうど休日で学校もないし、それにヴァンパイアだらけのこの家に暖房器具があるのなんて私の部屋だけなのだから、暖まるなら自室しかない。
とにかくそんな訳で私は今日、ご飯以外自分の部屋に引き篭って勉強するつもりだった。
部屋に、ページを捲ってペンが走る音が響く。
テレビで言っていたこともあり、部屋の中にいてもじわじわ寒くなるような冷え込みで。
膝掛けを巻き付けるようにして暖をとりつつ、次のテストに向けて1人で集中して勉強――するはずだったのが何故こんなことになっているのかは私が聞きたい。
「ねえビッチちゃん、まだ終わらないの?早くそんなことやめてボクと遊ぼうよ〜、んふ」
「はあ、ライトお前何言ってんだ!チチナシは俺様にたこ焼きを作るって決まってるんだよ」
「アヤトもライトも、いい加減にして下さい...花子さんは、僕とテディと遊ぶんです」
さっきからずっと私の部屋で騒いでいる厄介な三つ子。彼等は朝食(時間的には夕食)の後、何故だかしつこく絡んできて、部屋までついて来てしまったのだ。
勉強しようとしても後ろで騒いでいる3人組がいるのだ、これじゃ集中しろなんて言う方が馬鹿げている。
流石にこれ以上は...そう思って、振り向きつつ一言言おうとしたとき、
「ひゃっ......!?」
首筋を冷たい何かが這った。
ちょ、ちょっと待って、突然の事に混乱している中、強引に現実を見せつけられる。
私の後ろにいる帽子とマルーンの髪。それはライトくんの物で、何故彼が私の真後ろにいるのかなんて知らない。
ただ、うなじを舐められている、としか。
「や、やめてっ......!」
「ライトずりーぞ! 俺様もいるんだからな!」
「君...なんでライトなんかに肌を舐めさせてるんです?そうしていいのは僕だけでしょう?」
残りの2人が騒いでいるような気がしたけど、今はそれどころじゃない。取り敢えずこの変態をどうにかする方が先だ。
「は、離してっ!」
全力でライトくんを突き飛ばしたつもりだったけれど、どうやら私の力はヴァンパイアにはかなわなかったようで。ただ首筋から離れさせただけだった。
こちらを真正面から向いた翡翠の瞳が細められる。
「いいねぇビッチちゃん、その表情最高だよ...んふ」
気 持 ち が わ る い !
逃げたくても今や3人に取り囲まれているこの状態ではどうにも出来そうにない。
焦る気持ちを抑えて逃げ道を頭の中で探していたとき、
「...なんだお前ら」
声が聞こえた。低くて綺麗なハスキーボイス。間違いようがないほど聞きなれたこの声は――
「花子がいないと思ったらこんなところにいたのか...。探したんだけど」
シュウさんだった。
「シュウさん!?」
「なんだ、つまんねえ。やめだやめだ」
そう言って部屋を出ていくアヤトくんに続き、カナトくん、ライトくんも何処かに行った。
厄介な3人がいなくなったのは、いいとして。
「......」
気まずい。もともとシュウさんは余り喋る方ではない、というか喋っている方が珍しい。
だから2人の時は私が話すか静かに過ごすのが常なのだけれど、この状況で一体何を話せと言うのか。
「......あの、シュウさん?」
恐る恐る声を掛けてみると、涼やかな青の瞳に見つめられた。瞼は重そうで、
「今日、なんで俺の部屋にいなかったの」
興味がないかのように、訊かれた。
「え、と、今日寒かったので...暖房私の部屋にしかないし、」
「そんなこと訊いてない」
途端に強い圧を感じて、やっとシュウさんに抱きしめられているのだと気づいた。
「1人だと眠れなかった。......アンタがいないと寂しかった」
鼻腔に柔らかく触れるシュウさんの匂いとか。
「それなのにアンタはのうのうとあいつらと遊んでるし」
背中に回された力強い腕とか。
「あんな奴らに構ってる暇があれば俺んとこ来いよ」
不機嫌そうなその声とか。
まるで嫉妬したみたいなそれが嬉しい、なんていったら怒られてしまうだろうか。
「...ふふっ」
「何笑ってんの」
だって、と言いながら見上げる。
「だってシュウさん、可愛かったから」
「...は...?俺が、可愛い?目、おかしいんじゃないの、」
穏やかな声が降ってきた。照れくさそうに細められた瞳が綺麗で。
「可愛いってのは、俺を見た瞬間に嬉しそうな顔になって、俺に抱き締められてるだけでどんどん匂いが甘くなってく奴のこと言うんだよ」
耳元で囁かれた言葉に、身体中が熱くなるのを感じた。
「ほら、また濃くなった」
「え、えっとあの、シュウさん、」
――俺、本当はこんな活発じゃないんだけど。
そんな声が鼓膜を震わせたと思った瞬間、
「ええっ!?」
身体がふわりと宙に浮いた。
彼の腕は私の背中と膝裏に差し込まれていて、それは所詮、お姫様抱っこ。
まさか彼がこんなことするとは思わなくて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
静かに笑った彼の口元を見ていると、景色が緩やかに変わる。
丁寧に運ばれた場所はシュウさんの部屋のベッドの上で、包み込むような感触が気持ちいい。あ、意外とこのベッド寝心地いいかも...なんて考えていると、私よりとても大きな影が覆いかぶさってくる。
柔らかそうな金髪が目に入って、そのまま彼が私の顎を引き上げた。
お互いの瞼の本数が数えられそうな程近くで見つめられる。
ちゅ、と可愛らしい音がして唇が重ねられた。
「んんっ...!」
それはいつもよりずっと激しくて、どうしよう、キスだけでこんなに気持ちいい。
彼の舌が私の咥内を丁寧に荒らして、軽く私の舌を吸い上げる度に声が漏れてしまう。
それがゆうに数分、続いた気がする。
「......っは、」
やっと解放された舌と口と、酸欠でぼうっとしていた頭が彼を捉えた。
「今日、なんでこんな、」
「ここまで言ってもわかんない訳」
細い指が私の唇をなぞって、
「さっき...アヤト達といるのを見て、嫉妬した」
「でも、アヤト君たちとはそんな」
「嫌だ」
切れ長の目が伏せられて、
「お前がアヤトたちのこと呼ぶのも、あんなに近い距離にいるのも、」
切なげな表情で、
「俺とお前だけの世界だったらいいのに」
「……そうですね」
私とシュウさんだけの世界だったら、きっと嫉妬なんてしなくて済むのに。なんていい響きだろう。
「あいしてる」
形の良い唇から言葉が紡がれて、思わずはっとした。
彼がこんなにわかりやすくいってくれるのは初めてのような気がして、顔に熱が集まってくる。
こうして気持ちを伝えてくれたことのお礼がしたくて、自分から唇を重ねた。いつもの私からは想像できないような行動に、蒼の瞳が一瞬見開かれ――キスが深くなる。
あいしてる、という言葉に返事をしようと思ったけれど、口は別のことに忙しかったから。
また今度の機会――夜が明けてからでも、伝えようと思った。
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