寡黙的彼女
私は何も言わない。
何も言えない。
不用意な一言で誰かの感情を逆なでしたくない。だから余計な事なんて何も言わない。
そんな事を恐れていたらいつの間にか大切な事も言えなくなってしまった。
「おい、花子。」
「………?」
大好きなアヤト君に声をかけられて首を傾げる。
これは「どうしたの?」の態度。
余計な事は喋らない。だって私の不用意な言葉で怒らせたくない。
それは好きな人なら尚更で…
けれどアヤト君はどうしてか酷く顔を歪めて
私の両頬をその冷たくて大きな手で包み込んだ。
どうして?どうして怒っているの?
私何も言ってない。何も言ってないよ?
彼が怒っている理由が分からなくて瞳を揺らして怯えていれば
アヤト君は更に不機嫌顔。
「花子、何か喋れ。」
「…、……、」
彼の命令だってそれは聞けない。
私がきっと口を開けば誰かを不快にさせる。
そんなの怖いし悲しい。
だから何度も何度も首を横に振ればアヤト君は大きな声をあげる。
「何で喋らねぇんだよ!喋れるだろ!?お前!」
「…、あ、やと…く、」
久々に聞く自身の声は震えていて酷く滑稽だった。
ああ、私は声色でさえ人を不快にさせてしまうのか…
けれどアヤト君は泣きそうな私とは対照的にとても嬉しそうな顔。
「花子の声で俺様の名前、久々に聞いた」
「…………、」
どうして?どうしてそんなに嬉しそうに、幸せそうに笑うの?
私の声を、言葉を聞いてそんなふうに笑うのはアヤト君だけ…
「アヤトくん…あ、ヤト…く…アヤト君、」
「ん?…んだよ…花子、ははっ…」
何度も何度も彼の名を呼べばその度に相槌を打って沢山笑ってくれる。
ああ、だいすき、だいすき、だいすき…
けれど暫く言葉を使っていなかった私は
その気持ちを声に出すのが恐ろしくて、小さく唇を震わせるばかりだ。
ああ、どうしたらこの気持ちを伝えられるだろうか…
「…、」
「!?花子…」
こんな事、今までした事無い。
でも不器用すぎる私が自分の気持ちを伝えるとすればこう言った方法しか考えられなくて…
精一杯背伸びをして、アヤト君の唇に自分のそれを重ねた。
ただ、ただ触れるだけのソレに沢山沢山好きって気持ちを込めて彼に送れば
そのまま頭を固定されてしまい、ずっとずっと深い行為へと変わってしまう。
「んぅ、…ん、…ん…」
「…は、…花子…ん、…花子…」
先程まで私が呼んだように何度も名前を呼ばれれば、どうしてかじわりと胸が暖かくなって幸せで泣きたくなってしまう。
嗚呼、アヤト君もさっきこんな気持ちだったの…?
「ん…、」
名残惜しげに離された唇をじっと見つめれば
アヤト君は困ったように笑う。
「んだよ…もっとしてほしいなら花子の言葉で言ってみろよ」
「………、」
嗚呼、どうやら彼はどうあっても私の声が、聴きたいようで。
ええと、こういう時ってどういったらいいのだろう…
うんうんと一生懸命悩んで悩んで悩んでようやく出た言葉にアヤト君はすっごく真っ赤な顔をした。
「アヤトく…わた…し、を…あいして?」
「…………オイ、花子。それは反則だろ」
へなへなとその場にへたり込んでしまった彼に首を傾げる。
…まさか、また私はやってしまったのだろうか。
折角私の声と言葉に喜んでくれていたのにどうして私は肝心なところでこうなんだろうか…
悲しくてじわりと涙を浮かべれば
そんな私をチラリと見上げたアヤト君がまた困ったように笑う。
「バーカ、怒ってねぇよ。逆だ逆。」
「ぎゃく…?」
彼の言葉の意味が分からずにハテナマークを頭に浮かべれば
私の大好きな、吸血鬼のクセに明るい、太陽のような笑顔。
「花子の声で、花子の言葉であんな事。嬉し過ぎてどうにかなりそうだっつーの。」
「あやとくん…」
何だかよく分からない。
よく分からないけれど…彼が私の声と言葉で喜んでくれるのなら何度だって言いたい。
「アヤト君、アヤト君…あいして、愛して…お願い、愛して…?」
ぎゅっと彼に縋り付いて何度も言葉を紡げばブルブルと震えてしまう彼の身体。
「あーもう、普段喋らないからマジ破壊力ありすぎだって…!」
彼の切羽詰まった声色が何を意味するのか、
この時点で私はまだ知らないでいた。
「花子、今日マジ覚悟しとけよ」
「…………?」
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