愛からの解放
『花子、愛している。…だから死んでくれるな』
『ルキ…』
可哀想に。
親父から聞いていた薔薇を見つけて俺はそう思った。
別に壊れていることに同情したわけではない。
俺がそう思ったのは、彼女が真黒な見えない鎖で雁字搦めになっていたからだ。
彼女は青空へ飛びたかった。
けれどその羽根は無残にも千切られて、更に追い打ちと言わんばかりに
愛という名前の鎖で地面に縛られてしまっている。
何もかも彼女を失いたくないという自分勝手なエゴが生み出したもの。
愛だなんて笑わせる。
本当に愛しているというのなら、彼女の思うとおりにしてやればいいのに。
こんな腐った世界に縛り付けて一方的な愛とやらを押し付けて
彼女の心は未だに叫んでいるのにもかかわらず聞いてやろうともしない。
嗚呼、本当に…
「可哀想な花子…」
大丈夫。俺には聞こえてるから。
死にたいんだよな。消えたいんだよな。
けれど恐ろしくて自身では手を下せないんだよな。
大丈夫、俺が連れて行ってやるから。
お前の羽根がなくたって俺が大空へと導いてやる。
鎖で押しつぶされているのならすべて千切ってやる。
苦しい、辛い、全部わかるよ。
開放してあげる
別に俺は残されて辛いし悲しいけれど、お前が幸せならそれでいい。
お前を手にかけることは身を裂かれる事よりも痛いけれどお前が望むならかなえてやる。
自分の気持ちを押し付けるなんざ、只のガキのすること。
どんなことをしても愛する者の望みをかなえると言う事が愛した者の役目というものだ。
愛というものはそう言うもの。
「愛してる、花子…」
一緒に生きることが出来なくったって
お前を手にかけることになったって
俺はお前を誰よりも愛しているから。
「天国にだって何処だって俺が連れて行ってやる」
お前は誰かに縛られる事なんてない。
自由でいればいい。
その為の翼なら、いくらでも俺がなってあげる。
「だから、もう泣かなくていい…」
大丈夫、お前の嫌いな痛いことなんてしない。
気持ちよく、あっという間にあの青空の果てに連れて行ってやる。
こんな世界にお前がとどまる必要なんてないんだ。
じゅるじゅる、
咽返る血の香り、ひたすら与えられる快楽。
嗚呼、とても気持ちいい。
「ん、気持ちいい?…花子。」
「ひぅ…ぁ、ぁふ、…ぁあ…」
だらしなく口から流れ出る唾液掬い取り、うっとりとした表情で私を見つめてくる彼は
とても妖艶で、思わずしびれる手を動かしてその頬に触れた。
「ふふ…アンタから触れてくれるだなんて…嬉しい。」
「ん…んん、…ぅあ…」
まるで少年の様に微笑んだ彼は、表情とは裏腹に噛み付くような深い口付けを落とした。
入り込んでくる舌は私の血の味がして
されるがままに口内を弄られる。
「ぁふ…ぁ、あ、」
「大丈夫、怖くないから…すぐに逝かせてやるからな…」
「ぁん…んんぅ…ふぁ…」
またじゅるじゅると血を吸われて、体が自然とビクビクと痙攣する。
冷たくて大きな腕に抱かれて私も彼も恍惚の表情を浮かべる。
嗚呼、こんなにも気持ちいい人生の幕の引き方があっただなんて。
ふいに見えたのは大空を切り取ったような彼の優しい瞳。
ああ、私の憧れていた風景だ…
「ぁ…ぁ…ね、…な、まえ…」
荒い息の間に途切れ途切れ尋ねると
彼はその優しい瞳を私に向けて、ふわりと微笑んだ。
「シュウ。逆巻シュウ。」
言い聞かせるように、自身の名前を紡ぐ彼に倣って
何度も何度もその名前を呼ぶ。
まるで初めからその言葉しか覚えていないかのように。
「シュウ、シュ、ウ…ぁ、んん…っシュウ…」
「そう、お前を地面から解放する男の名前だ。あの大空へ持って行って…」
「んぅ、しゅ…ぁん、あ、あ、ぅあ…!」
「愛してる、花子」
嗚呼、そうか。
彼は私を愛してくれているから殺してくれるのか。
あの青空の果てまで連れて行ってくれるのか。
なんて優しい。なんて悲しい。なんて愛しい。
「しゅ、う…つれて、いって…おねが…」
「ああ、大丈夫。俺が、連れて逝ってやる…」
私はその優し過ぎる言葉に最初で最後の
心からの笑顔を作って息を止めた。
「俺は生きるのが面倒だから、すぐにそっちへ行けると思う。
…大丈夫、淋しい思いなんてさせないから。」
青空を瞳に乗せた男は血まみれで死体に微笑んだ。
「だってお前をこんなにも愛しているんだから。」
お前が望むエンディングなら悪役だろうが何だろうが
演じ切ってみせるさ。
戻る