未来の花嫁さん


燃え盛る炎の中、俺は大切な友人を無くした。
その時、僕は壊れてしまったのだろう。




「シュウ様…あの、晩餐のご用意が…」




「いらない…めんどくさい、から」





嗚呼、もう喋るのも息をするのもめんどくさい。
そう言えばあの日から食事も吸血も何もしていなかったっけ。
もうあまり回らない頭でそんな事を考えながら使用人に短く返事をして
再びベッドへ潜り込んだ。





…ん?なんか温かい。




違和感を覚えてシーツをめくると
何故かそこにいたのは




「………え、なに?」



「うへへへ…やっぱりシュークリーム最高っすわぁ」




なんかすごく幸せそうに眠る女。
暖かいから、多分人間なんだろうけど…いつの間に?
訳が分からなくて、どうしたものかとソレの様子を眺めていると
やがてソレはゆっくり目を開けてむくりと起き上がりあたりの様子を確認し始めた。



「…どこだここ。そして、キミは誰だね。」



「ここ、僕の部屋。ていうかあんたこそダレ…」



「んー、ってちょ、えーまじかー。まじかー。コレ帰れるのかぁ?」



「ちょ、人の話を…」




僕の質問を無視してふとカレンダーを見た人間は何故か頭を抱えてゴロゴロとベッドの上を何度も転げまわった。…僕のベッドなのに。



「つーか美少年、名前教えてくれ名前。後なんでそんな顔色悪いの。」



「…シュウ。逆巻シュウ。顔色悪いのは…あんたには関係ない。」



「シュウ…あーあーあー。と言う事は顔色悪いのは血吸ってないからかぁ」



僕の名前を繰り返して何かに納得したかのようにうんうん頷くとすぐに顔色が悪い原因を言い当てて「え、ダイエットとかしてんの?」とか
見当はずれの質問をしてきた。



「別に…ただめんどくさくな…っんぐ…っ」



「よいしょー!」



僕の言葉を遮ってあろう事かこいつは勢いよく口に自分の手を突っ込んできた。
何なのコイツ、何なのコイツ!
俺は驚きと混乱で若干パニックに陥っていた。



「んんー!んー!」



「うははは。何言ってるかわっかんない!ほーらたぁんとお飲みー。」



「んぁ…んんっ」



口の中でバラバラと指を動かして遊んでいたそいつは不意にその指を俺のキバに押し当てて、ブツンと自身の皮膚を引き裂いた。
瞬間、口の中に広がる甘い香りと久しぶりの味。



「ん…ふっ…んん…っ」



「きゃー少年のクセに超えっちー。って、ぎゃぁぁぁぁ!痛い痛い痛い!」



「ん…っ…ん…っ!んんんー!」



気が付いたらもうそれは必死にそいつの血を喉を鳴らして飲んでいて
ああもうヴァンパイアの本能には逆らえないんだなぁと何だか悲しくなってしまった。




「まったくさー。やっぱりシュウ君はガキだよね。ガキ。こういう時は痛みだけじゃなくて
快楽位与えるようにしないとさー。大人のヴァンパイアはすっげー気持ちよく噛んじゃったりするんだぜ?」



「うるさいなぁ…ていうか吸われたことあるんだ。」



「うははは、まぁね!」



「ふーん…」




プラプラと足を揺らして愉快そうに笑う女。
するとそいつは何か思いつたかのようにまた俺を見て微笑んだ。



「ねねね、ヴァイオリン弾いてよ!ヴァイオリン!」


「…あんた何で僕がヴァイオリン出来るって知ってるの。」


「細かいことは気にしない!はーやーくーぅ!」


「ぅわっ!ちょ、わかった!分かったから揺らさないで!!」




びったんばったん!ベッドの上で魚のように跳ねまわるそいつを宥めるように叫ぶと
俺は諦めて部屋の隅に置いてあったヴァイオリンを手に取って徐に弾き始めた。


嗚呼、こうしてコイツに触れるなんていつ振りだろうか…



そんな考えを隅に置き、ただひたすらに指を動かす。
チラリとベッドの方を見てみると女はニコニコとこちらを見つめていて
何だか恥ずかしくなってふいと再びヴァイオリンに集中した。




「やー、やっぱまだ幼いなぁ。まぁそれはそれで魅力的だけどー。」



「…アンタ、何様のつもりなの?」




イラァ。
一曲弾き終わると、女から放たれたそんな台詞。
「まぁまぁ及第点ってとこっすかねぇ。」そんな言葉も付け足して。
久々に腹が立って俺はソイツを力いっぱいベッドに押し倒してギリっと骨が軋む位
強い力で手首を掴んでシーツに縫い付けた。



「僕、こう見えてもヴァンパイアだからさ…あんた人間の女一人くらい簡単に殺せるんだよ?」



「無理無理。今のシュウ君には無理だわー。」




こんな事されているのに、そいつは怯えるどころか
うははははと、力なく笑うだけで。
俺はそんなソイツの笑顔で毒気が抜かれて、大きくため息をついて掴んでいた手を離した。




「もう、何なのアンタ…おかしすぎ。一体何者なの。」



「んー…シュウ君が、今よりずっと大きくなって、イケメンになって、強くなって
吸血上手になって、ヴァイオリン上手くなったら教えてあげなくもないかなぁ。」



「…なんで上から目線なんだよ。」


「うはははは」



広い部屋に、また力のない笑い声がこだまして
僕もつられて久しぶりに…ホント久しぶりに笑ったんだ。



僕は泣いた。笑いながら泣いた。
何だか少しだけその力のない笑い方をする人間に救われた気がして…






「…ん。」



「おーはーよーシュウくーん。」



ふと重い瞼をあけるとそこは見慣れた天井。アイツの部屋だった。
懐かしい夢を見た…。
状況を確認してみると俺は彼女のベッドで眠っていたらしくて
彼女はそんな俺を少し離れたソファでニヤニヤしながら観察していた。


ちょいちょいと手招きすると、またへにゃりと笑ってゆっくりと寄ってくるものだから
手を伸ばして自分の腕に閉じ込める。



「あのさ、」



「んー?なぁに?」



「俺、昔と比べたらでかくなったし、イケメンになったし、強くなったし、吸血でアンタを気持ちよくできるしヴァイオリンの腕も上がった…



…だからアンタの正体、教えて?花子。」




昔呼ぶことが出来なかったその名前を紡ぐと
彼女は満足げに笑った。
月明かりに照らされたその笑顔はとても美しい。





「私は花子。19歳の逆巻シュウ君が愛する花嫁だね。」




うはははは、と
昔と変わらない笑い声が部屋に響いた。






あの時、俺を救ったのは
未来の自分が愛する唯一人だなって知りもしなかった。



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