魔のループ
今私、逆巻レイジは究極の二択を迫られている。
愛おしい最愛の愛情を取り、死を選ぶか…
もしくは惨めに生き延びてこの嬉しそうな笑顔を悲しみで歪めてしまうかである。
「えへへ…いつもレイジさんに美味しいご飯を頂いているのでお礼にって頑張りました!」
「そ、そうなのですね…う、嬉しいですよ花子さん…」
どうだろう…今私の声は震えていないか
今私の表情は引き攣っていないだろうか…!
そんな不安をよそに私の最愛…花子さんはとても嬉しそうにニコニコと大きな鍋を持ってこちらを見つめている。
…きっとその中には料理が入っているはずなのにどうしてだか先程からガタガタ動いているし、禍々しい呻き声が聞こえている。
…ねぇ花子さん、貴女料理の過程で何を召喚してしまったのですか?
「最近創作料理にハマってて…今回もちょっと頑張ってみたのですが…」
「創作料理!!!!!」
やってしまった…
料理音痴が決して手を出してはいけないものにガッツリ手を出されてしまっている。
創作料理…創作と言う免罪符を振りかざし好き放題やりたい放題できる禁断の儀式!!!!
もう花子さんのものは儀式ですよ料理ではありませんよこんなの…
しかし「そんな恐ろしもの誰が食べるのですか!」なんて言えやしない。
だって花子さんの顔はとても嬉しそうだから。
「そ、それにしてもあの…何だか黒い煙が…すごいですね」
「ああ、これですか?お気に召しませんでしたか…よいしょ!」
ブチィ!!!
私のどうしても震えてしまった声に
キョトンとした彼女は何を思ったのかその黒い煙を鷲掴んで…
…………
鷲掴んで!?
え、煙ってつかめましたっけ…!?
おや?私の知識不足でしたか?
長い事吸血鬼やってますが世の中まだまだ知らない事ばかり…
いえ、そうじゃない!!!!
事もあろうに花子さんはその黒い煙?いえ、私は彼女がガシリと掴んだ時点で煙だとは認めたくはないのですが
取りあえずその物体を掴んだと思えば勢いよくなべから引き抜いてぽーいと何処かへ投げ捨ててしまった。
…殺される!!!!!
こ、これ食べたら絶対私殺される!!!
最愛の愛情たっぷりなお料理で死ねるなら本望だなんてそんなロマンチックな事言ってられない事態です助けてください父上!!!!
心の中で必死に父上に助けを求めていれば
花子さんが少し顔を赤らめて恥じらいつつも、その可愛らしい声で言葉を紡ぐ。
「えっと、ちょっといつものレイジさんの調理方法も真似しちゃったっていうか…」
「わ た し の ま ね !!!」
私はキッチンで殺人兵器を作った覚えはありませんよ花子さん!!!
貴女どこの研究所と間違えて入ってしまったのですか!?
そしてその私と間違って認識したレイジさんを今すぐここへ呼び出しなさい!!!
後悔してもしきれない位の苦痛を味あわせて差し上げますよ!!!
もう隠すことは出来ずにガタガタと小刻みに体を揺らしていれば
花子さんの表情はみるみるうちに悲しいものへと変わっていってしまう。
「や…やっぱり私なんかの料理…いや、ですよね…余計な事して…す、すいませ…ふぇ…」
じわり。
最愛の瞳に浮かぶ涙を目の前にして
漢、逆巻レイジの心はすぐに固まった。
…穀潰し、逆巻家を頼みますよ。
何だかんだ言って貴方に託すべきだと私は思うのです。
「………花子さん。」
「ふぇ…レイジさ…」
そっと彼女の両手からガタガタ動き、うめき声をあげる魔性の鍋を取り上げて
極力優しく微笑みかける。
大丈夫…貴女は私に感謝を伝えたいのですよね?
ならば私がして差し上げる事はただ一つです。
今まで生きてきた中で一番穏やかな優しい笑顔を作りそっと彼女の頬へ口付ける。
さようなら…いとおしひと。
私は今から貴女の愛で地獄へと叩き落されます。
「素敵な料理をありがとうございます。………いただきます。」
私の言葉に彼女の表情はとても嬉しそうなものになって
嗚呼、こんな愛おしい顔をさせる事が出来るのは世界でただ一人私だけなのだと思うと胸が高鳴る気がして
そのまま鍋の中身は恐ろしくて見ないままスプーンを差し込みひとつ、物体を口にした。
………それから暫くの記憶は私に存在しなかった。
気が付けば何故か穀潰しが泣きながら私を抱き締めて
「レイジ…っ!愛に生きるのも大概にしろよ…っ!!!」
と泣きながら諭されてしまったが…
はて?
私は一体何をして気を失ったのでしょうか?
こうして何度も定期的に私と花子さんの恐ろしい晩餐会はループし続けるのである。
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