しとしと


ぽつり
ぽつり


落ちてくる雫の間隔はみるみるうちに短くなり
すぐに静かな小雨へと変わってしまった。
…今日は念の為に傘を持ってきていてよかった。



普段なら面倒だと見る事のないニュースをたまたま見ていて
そして同じくたまたま見ていた天気予報で知らされた深夜から雨と言う予報。
いつも最愛に「これだから花子は…」と小言をきかされながら
大きな黒い傘に入れて頂くのだけれど今回は大丈夫そうだ。



授業が終わって徐に水色の傘を手に取って教室を後にした。
いつも雨の日に彼に入れて貰っていて申し訳ないと思っていたんだ。




「花子」



「あ、ルキ君。」



帰りの廊下でハタリと愛しの彼に会えば
一瞬目を見開いてスッと何かを後ろに隠したのを疑問に思ったが
今はそれより普段の行いを悔い改めた偉い私を褒めてもらいたくて
ずいっと右手に持っていた傘を差しだしてみる。



「今日はちゃーんっと傘持ってきたんだ。偉いでしょ。ルキ君に迷惑を掛けなくて済むね。」



「………ああ、そう…だな。」



…あれ?
いつも雨の日は迷惑そうにぶつぶつ文句言ってるから今日は褒めてもらえるんじゃないかって思ったのに…
どうしてか返って来た彼の言葉は歯切れが悪い。
少し首を傾げつつもルキ君の気持ちを察することが出来ないまま昇降口へと足を進める。



するとそこで彼の口から珍しい一言。




「………傘を、忘れた。」



「え?珍しいね。……えっと、入る?」



「普段入れてやっているんだ。当然だな。」




ルキ君でも忘れ物とかするんだなって思って
おずおずと普段と変わらない相合傘を提案すればなんともまぁ可愛くない返事。
…お礼くらい言ってくれてもいいと思うけれど。



けれど私の傘は女性用なのでいつものルキ君が持っているものより一回り小さい。
だから濡れないようにと必然的に普段よりぐっと二人の距離が縮んでしまう。



「ええっと…恥ずかしいね。」



「家ではもっと恥ずかしい事をしているだろう。」



「…そういう問題じゃないの。」



身長差があるから私の傘はルキ君が持ってくれているのだけれど
空いているはずの手が私を引き寄せてくれることはなくて
自分から彼へと擦り寄っている態勢だ。
……恋人なんだから肩抱き寄せてくれたっていいじゃない。



「ねぇルキ君。なんで抱き寄せてくれな…………あ。」



「………愚鈍な花子が傘を持ってくるのが悪い。」




抱いていた不満を漏らしながら不意に彼の背後を見れば
私の肩を抱き寄せる事が出来ない理由が一目瞭然で思わず顔がゆるんだ。
対照的に彼の表情は不機嫌に歪むがその顔色は既に真っ赤だ。



「なんだよもー。くっつきたいならそう言ってくれればいいじゃん。ルキ君かわいい。」



「煩い黙れ家畜のクセに生意気だ。」



「違うもーん。家畜じゃなくてルキ君のだいすきな彼女だもーん。」



普段より少し早い口調でまくしたてる彼の台詞は照れ隠しの証拠。
そんな愛おしくも可愛い彼に先程よりもずーっとスリスリとくっついていけば歩きづらいって怒られてしまった。
でも仕方ない。だってコレは小さな傘だからちゃーんとくっつかないと濡れちゃうんだもの。



「ねぇねぇ、これからはこの傘にしよう?こっちのがこうしてくっつけるもの。」



「………はぁ。勝手にしろ、馬鹿花子。」



「うん、勝手にするね。…ふふ。」




呆れたようなそう言い放つルキ君だけれど
私はちっとも悲しくないし、寧ろとても嬉しい。
だって気付いちゃったんだもの。
雨の日、私が傘を忘れるから仕方なしと言う理由を付けてくっつきたかったって言うルキ君の可愛い気持ちに。




「ルキ君ルキ君だいすき」



「全く…ゲンキンな奴め。………俺も愛しているよ。」




ざぁざぁと先程よりも雨足が早くなって
周りの人たちは少し足早に歩き始めたけれど
私達は敢えて少しばかりゆっくりと歩く。
だって少しでも長い時間こうしてぴったりとくっついていたいの。



濡れないようにと言う理由で彼に寄り添う私。
けれど彼は私を抱き寄せてはくれない。




だって空いているはずの彼の右手には普段の真っ黒で大きな傘が未使用のまま持たれているのだから。



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