季節外れの雪
しなやかに伸ばされたその腕はとてもあたたかで柔らかくて…
それでいてとても愛おしかったのを覚えている。
「ねぇ花子、さん…」
「なぁに?アズサ君。」
静かに君の名前を呼べば返ってくるのは穏やかで優しい声色。
嗚呼、今日も君はこうして単語一つ一つからも俺に愛を伝えてくれる。
心臓はもうないはずなのに、花子さんに名前を呼ばれるだけで胸のあたりがじわりと熱い。
「今日はね…ちょっと、寒かった…ね。」
「そうだね…初夏なのに…おかしいね。」
ゆるりと彼女の頬に手を添えれば
その優しいまなざしが心地よさげに細められる。
嗚呼、花子さん…すき、だいすきだから…
「ねぇ花子…さん…後何年?…後、何日…あと…何時間…?」
次第に声が震える。
ねぇこんなにも大好きなのに、どうして神様は俺に酷い事ばかりするの?
気が付けば零れ落ちていた涙を見た彼女は困ったように微笑んで
その愛おしい、あたたかで柔らかな手を精一杯伸ばしてくれた。
けれどそれは以前のような桜色ではない。
「花子さん…花子、さ…ぅ、…花子…」
「アズサ君…アズサ君…だいすきよ。」
春のような桜色だった彼女の肌を
こんな冬の雪のように白くしたのは俺だ。
こうして彼女がベッドから一歩も降りる事の出来ない体にしたのは俺だ。
「ごめんなさい…ごめんなさい…花子さん…花子さん…」
「ふふ…どうして謝るの?私はこんなにアズサ君に求めてもらえてとても嬉しいのに。」
縋るように、懇願するように、懺悔するように彼女の手を取って縋り付く。
普通の女の子の花子さんに恋をした俺が悪い。
恋と愛を同時に知ってしまった俺の体も心も魂も全部彼女以外受け付けなくなってしまって…
この渇きを満たす対象は花子さんのみとなってしまった。
「俺が…俺、が…死ねばいい…のに…そんな、勇気も…ない…う…花子さ、」
「アズサ君が死んじゃったら何も残らないじゃない。」
「花子さん…?」
トクベツな人間ではない花子さんの体は当然だけれど次第に弱っていった。
あんなに元気だったのに今じゃもう歩く事さえままならない。
彼女の命を食い荒らしている悪魔は紛れもない彼女を愛しているこの俺だ。
そんな事実がいつだって酷く胸をえぐる。
悲しくて死にたいのにそんな勇気もない。
だからいつだって俺は彼女の命を喰らう。
けれど花子さんはそんな俺に優しく微笑みかけて
力の入らない指先で俺の胸をそっとなぞる。
「私の血は…心は全部、アズサ君の中でずーっと生き続けるから…ね?」
「う…うぅ…」
なんて残酷な事を言うの?
確かに君は普通の人間だから俺の血も命も食らうことが出来ない。
けれど逆を言えばそう言う事…俺はキミを喰らう事で君をずっと自身の中に感じれるって言いたいの…?
ねぇ俺達は只、普通に一緒に過ごすことも許されないの?
「花子さん…花子、さん…花子さん…」
「ふふ、アズサ君…だいすき…だいすきよ。」
ベッドに横たわるその体を抱き起してぎゅうぎゅうと存在を確かめる様に抱き締める。
嗚呼、初めて抱き締めたときよりずっと冷たい…
いつかは分からないけれど花子さんの終焉は近いのかもしれない。
「俺は…だいすきな…愛している、花子さんを…殺してしまうの?」
「辛い…?でも、その時はもうアズサ君の中でずーっと一緒よ?」
俺を安心させるようにそんな事言わないでよ。
誰よりも怖いのはきっと花子さんなのに…どうしてそう言う事を言うの?
花子さんがそんなに優しいから俺はこうして最後の最期まで君を離すことが出来ないんじゃないか。
「花子さん…を、きらいに…なれたら…いい、のに…」
「いやよ、アズサ君に嫌われるなら死にたいわ。」
そんなの…
ああ、じゃぁ結局花子さんの先に待っているのは同じ結末じゃないか。
悲しい…悲しいなぁ…
どうあがいても俺と花子さんは隣同士で並んで平凡な道を歩くことが出来ないんだ。
「花子さん…すき…ごめんね。」
「アズサ君…すき…ありがとう。」
話がかみ合っていないような会話だけれど言いたいのはお互い一緒。
只々俺は涙を流しながら、花子さんは優しく微笑みながら
今日もまたその雪のような青白くなってしまった肌に牙を突き立てる。
ねぇ後何年?後何日?後…何時間?
あなたの命はあとどれだけ永らえてくれる?
それまで、平凡な道を並んで歩けなくても
こうして…君の体をベッドから抱き起して抱き締めていたいんだ。
季節外れの雪がひらり
静かに舞い降りた。
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