依存吸血鬼
カチ、カチ、カチ…
腕時計の針がまるで死刑宣告の様に頂上へと迫る。
嗚呼、はやく…早く帰らないとまた大変な事になってしまう。
バタバタと急いで走り抜けて大きな音を上げて扉を開ければ
カチリと私の最愛が懐中時計を手に取ってこちらを向いて微笑んだ。
「た、た、ただいま帰りました…レイジさん」
「おかえりなさい花子さん。…お待ちしておりましたよ。」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら穏やかな彼の笑顔をみて
どうやら今日は大丈夫なようだと胸を撫で下ろせば
彼の口からは無慈悲な言葉が発せられてしまう。
「安心なさっている所申し訳ないですが…五秒、遅刻です。」
「……っ、ごめ、なさ…ちょっと道が混んでて…」
震える声でとっさに嘘をつけば
穏やかなレイジさんの瞳がスッと細められて
そのままずいっと私の顔を覗き込み、再び微笑まれるけれど
その瞳の奥は狂気に満ちている。
「嘘は感心しませんよ?花子さん。……またクラスの男に絡まれましたね?」
「ぁ…ちが、違います…ただ、話しかけられただけ…っ!?」
穏やかな声色なのに…どうしてこんなに体が震えるのか私は知っている。
恐ろしくて目を合わせることが出来なくて下を向いていれば突然背中に痛みが走る。
気が付けば後ろには壁。
両肩はギリギリとレイジさんに痛いくらいに掴まれてしまい顔を歪めてしまう。
「ねぇ花子さん…貴女は私との時間を割いてまで名も知らない男と談笑するのがお好きですか…?ねぇ…ねぇ…」
「や…ちが…違います…レイジさ、いぅ…っ!」
何度も首を横に振って否定しても彼は聞いてくれなくて
またギリリと先程よりも肩を掴む力が強まりこのまま骨が砕かれてしまいそうになる。
「嗚呼どうしましょう…こんなにも他の人間の男の香りが…汚らわしい。…こちらへおいでなさい。」
「や…やだ…や…っ!」
ぐいぐいと強い力で引っ張り込まれたのは彼の部屋の浴室だった。
ああ、どうしよう…また今日も恐ろしいお仕置きが始まってしまう。
「ぁ…っや、やだ…たすけ、たすけて…っん…っ!」
「ああ、汚らわしい…愛おしい貴方の香りを台無しにしないでください…気が狂いそうだ。」
ばしゃばしゃと激しい水音と必死に助けを求める私の声が響く。
いつだって私が誰かと言葉を交わすだけで…彼の決めた門限を一秒でも破ってしまうだけで開始されてしまうお仕置きはまるで地獄のよう。
浴槽に頭まで沈められて必死に酸素を求めてもがき苦しむけれど
彼は決して押さえつけるその手をどけてくれることはしない。
「がぼ…っけふ…っぁ…っ」
「花子さん…貴女は本当にどうしようもないひとだ…何度もこうされているのに学習というモノをしない。」
必死に手をばたつかせるけれどそれは全て虚しく空気だけを掴む結果で終わる。
嗚呼、どうしよう…このままじゃホントに…ホントに死んでしまう。
「ぅ…う…っ…っ」
もはや抵抗する力も次第になくなってきて
抵抗する動きさえも緩やかになって、意識が薄らいだ時にバシャリという音と共に私の体が浮上した。
朦朧とする意識の中、ぼんやり浮かんだのは少し残念そうなレイジさんの顔。
「嗚呼、いけない。嫉妬に駆られて危うく息の根を止めるところでした…申し訳ない。」
「れ、れいじさ…れい…」
先程まで殺されかけた彼が酷く優しげに私を抱き上げて「ごめんなさい花子さん」なんてそんな事を言うから
彼と出会ってから何処か壊れた頭では何故か彼への愛おしさばかりが溢れだしてきてしまう。
ゲボゲボと咽ながらも必死にレイジさんを呼んで震える手を伸ばせば
私の掌にゆるりと頬を寄せて心地よさそうに瞳を閉じるレイジさんが誰よりも大好き。
「嗚呼、もう元通りの花子さんの香りです…」
「れいじさ…れいじさ…ごめ、なさ…ごめんなさい…」
「ええ、ええ…構いませんよ。私も少し感情的になり過ぎました。」
ポロポロと涙を零して何度も何度もごめんなさいって呟けば
レイジさんは満足そうに微笑んでようやく私を許してくれた。
そして仲直りと言わんばかりにちゅって優しく唇にキスしてくれたから
それが嬉しくて私もゆるゆると微笑んだ。
「ねぇ花子さん…ひとつ、提案があるのですが…」
「レイジさん…?」
ベッドに運ばれて優しく頭を撫でられながら彼の提案というモノに首を傾げる。
すると告げられたのはとんでもない言葉だった。
「花子さんはどうあっても私の言う事を聞いてはくれないようですので…今日からここで飼いならしても構いませんか?嗚呼、身の周りの全てのお世話は私がしますのでご心配には及びませんよ。」
「え……?な、んで…?レイ…んっ」
彼の言葉が恐ろしくて恐る恐る聞き返せばそっと塞がれた唇。
ゆっくりと離されて数秒後にはビクリと熱を孕みだした自身の体に酷く動揺する。
「れい、じ…さ、何…!?」
「だって悲しいじゃないですか。最愛の貴女が私以外を優先するだなんて…だったらこうして身も心も私だけしか見れないようにすればいいでしょう?」
先程唇を塞がれた時に流し込まれたものが何だったかなんてわからない。
只、今はどうしてだか体が熱くて苦しくてたまらない。
どうすればいいかわからずに私をこんなにした本人に懇願の手を差し伸べる。
「れいじさ…くるし…ったす…けて…っ」
「えぇ、そうですね…そうして貴女は私だけを見つめていればいいのです…」
満足気に微笑んで穏やかにそう呟いた彼は
今度は深く、深く私の唇を貪るから、熱くなり過ぎた私の体は本当に溶けるのではないかと錯覚してしまうくらいで
いつの間にか自身の視界が暗転してしまった事さえ気づかずにいた。
「嗚呼、愛おしい愛おしい花子さん…ねぇ、もうずっと此処にいて?貴女が一秒でも離れるだけで私は…」
混沌とした意識の中でそんな愛おしい台詞が静かに聞こえた気が、した。
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