お疲れ様〜スバル君の場合〜


私も吸血鬼だったら、人間の血だけで生きていけたのになぁ。
…そして潔く会社とかも辞める事が出来たのになぁ。


「あー…ストレスって怖い。」



鏡の前で1人、小さくぼやいて溜息。
ここ数日の仕事のストレスがこんな所に現れるだなんて思ってもみなかった。
ちょんっと唇に指をあてがっただけでもズキリと痛む。
…ストレスで唇、荒れちゃった。




じっと鏡を見つめ続ければ唇だけじゃない。
肌もいつもより荒れてるし
髪もボサボサ。
目の下にだって隈…
うん、何だかホント社畜ですって感じの風貌だ。



「…こんなんじゃ嫌われちゃう。」



少し震えた声で呟いても誰も「そんな事無いよ」って言ってくれない。
じわりと浮かぶ涙は自分の言葉に共鳴してみるみるうちに瞳に溜まって静かに零れ落ちる。



…疲れた。



こんなにボロボロな見た目になって、何が悲しくて働き続けなきゃならないの?
きっと私の大好きな彼だってこんな顔見たらヤな顔するもの…。



「う…ふっ…ふぇ…す、すばるくん…」



小さな声で泣きながら大好きなスバル君の名前を呼ぶ。
ああ、どうしよう…声までガラガラになっちゃったら本格的に彼に嫌われるんじゃないなぁ…
ぼんやり考えを巡らせていれば不意に大きくて冷たいものに包み込まれてしまう。
ああ、今の私は絶対に見られたくなかったのに…



「どうした?花子…なんで泣いてんだよ。誰かに苛めでもされたか?」



「ちが…違うよ…スバル君に嫌われるって思ったら悲しくて…」



「はぁ?なんで俺が花子の事嫌いになるんだよ。」



心配そうな声で問うてきた彼に対して応えれば
とんでもなく不機嫌な様子で顔を歪められてしまった。
ああ、私は大好きな人を不機嫌にさせる天才なのか?




「だってこんな顔…髪だってボロボロ…唇も荒れて可愛くないもん。」



「ああ、そうだな。可愛くはねぇな。」



「………、」



じわり。
彼の無慈悲な言葉に更に私の目からはとめどなく涙が零れ落ちる。
うん、実際に本人に言われてしまうほどダメージが大きいものだ。
こういう時は「そんな事ねぇよ。花子は可愛いぜ?」位言ってくれたらいいじゃないか。


けれどそんな私をスバル君は更にぎゅっと抱き締めて
じっと鏡越しのボロボロの私を見つめて満足そうに笑う。



「こんなになるまで頑張って踏ん張って社会ってとこで戦ってる花子は可愛くねぇ…すげぇ、格好良い。」



「…す、すば、すば…すばるくんが私を更に社畜にしようとする…うわぁぁん」



「ちょ、おまっ!な、何でそんな声あげて…あーくそ!」




満足そうに…そして誇らしげにそんな事言わないでよ、馬鹿。
自分の大好きな人にそんな事言われちゃ単純な私はもっともっともっと頑張りたくなるじゃない。
ぎゃんぎゃんと喚き散らしながらも体勢を変えてスバル君と向き合いぎゅうぎゅうと自分からも抱き付けば
長い溜息をついた彼が優しく私の頭を撫でてくれた。



「いつもお疲れさん、花子。えーと、俺馬鹿だから何すればお前が元気になるとか分かんねぇんだけど…何すりゃいいんだ?」



「………スバル君の棺桶で一緒に寝たい。」



「は!?ちょ、おま…っ!あ、あんな密室で二人きりとか…ふふふふふざけんな!!」



「やだやだ一緒に寝るの!格好良い社会人のお願い聞いてよ馬鹿ー!」



どうにかして私を慰めようとしてくれてるのは分かったけれど
不器用すぎるスバル君はその術を知らないらしく、直接私に聞いてくれたので
今日はそんな優し過ぎる彼とひとときも離れたくないと思って我儘を口にすれば
ぼふんと顔を赤くして拒否しちゃうスバル君に大声と大粒の涙で迫る。



「あーくそ!今日だけ!!今日だけだかんな!!ありがたく思えよ花子!!」



「!!うん、スバル君だいすき!」



いつもならうるせぇって言って壁殴っちゃうのに
今日はどうしてだか顔を赤くしたまま私を抱きあげて彼のテリトリーまで連れていってくれた。
それが何だかとっても嬉しくて、私は狭い狭い棺桶の中ずーっと彼に抱き付いて離れようとはしなかったのだ。



ああ、きっと明日になったら唇も目の下の隈も、ボロボロの肌も髪も全部元通りだ。



だってスバル君が私の事「格好い」って…
頑張ってる私が格好良いって言ってくれた。
それだけで疲れもストレスも全部無かったことになってしまうんだもの。



きっと私はスバル君にこうして褒められる為に毎日頑張ってるんだろうな…
なんて、ちょっと乙女チックな事を考えてしまった。



可愛いだけじゃなくて、格好良いって言われるのも
そう悪いもんじゃない。



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