夢中


今まで一人きりで生きてきた…
なんて自惚れたことを言うつもりではないのだけれど
それでも誰かに甘えるとか、この身体を預けると言う事をしてこなかった私は
きっととても可愛くない女のだろう…。


そんな私が自身を飼育している主人に恋をした。




「家畜、貴様はどうもこういう事は不得手なようだな。」



「も、申し訳ないですルキ様…」



「はぁ…その“ルキ様”と言うのも何度もやめろと言ってるだろう。…俺達はもう恋人同士だろ?」




今私は大好きなひとの…ルキ様の腕の中なのだけれど
緊張の余り直立不動だし、可愛らしい女性の様に彼の胸に縋って擦り寄ると言う事もできやしない。
そして変わらない彼の呼び名にご本人は困ったように、呆れたように笑うのだ。



「ああ、俺が家畜と呼び続けるのがいけないのか…ホラ、花子…楽にしろ。」



「あ、あのあのあのる、ルキ様…あの、えっとその…ああああ」



「全く…名前を呼んだだけでこれか…本当に先が思いやられるよ。」




愛しい人に名前を呼ばれる事がこんなにも恐ろしい事だとは思わなかった。
ぶわっと体温は急上昇して心臓だって煩い位跳ね上がる。
どうしよう、きっとこんなにも密着してしまっているからルキ様にも聞こえてしまっていると思う。



「ほら、花子…力を抜け。難しいのなら大きく息を吐いてみろ…そうだ、イイコだな。」



「あ…る、き…さま…」



「だから、“様”はやめろと言っている。…少し寂しい。」




彼の言いつけどおりに大きく息を吐けば少しばかり和らぐ体を先程より少し強めに抱き締められてしまい
ふわりと包み込まれるルキ様の香りにまた赤面してしまう。
けれど、どうしてだろう…この香りは恐ろしく、私の身体の力をみるみるうちに奪っていくのだ。



なんだろう…こういうのを安心すると言うのだろうか。




誰かに甘える等と言う行為をしてこなかったのでこの気持ちに酷く戸惑ってしまうけれど
…けれど嫌ではないと、思う。
すこし恐れ多かったけれど、もう足に力が入らないのでおずおずと彼の服をぎゅっと掴めばどうしてだかルキ様はとても嬉しそうに笑った。



「そうだな…こうして少しずつでいいから、俺に甘えてくれると嬉しい。」



「……はい、ルキ様の仰せのままに。」



「だから……はぁ、それも追々改善していくか。」




彼が本当に嬉しそうだったからそれに応えようと紡いだ言葉だったけれど
それはどうやらルキ様としては残念だったようで、呆れた溜息が聞こえてしまう。
ああ、私はどうしてこう…可愛くない女なのだろうか。



少ししょんぼりとしてしまうと不意に彼の唇が私の頬に触れる。
驚いて見上げればルキ様は今度は優しげに微笑んでいた。
嗚呼、彼の微笑みにもたくさんの表情があるのか…



主人と家畜の関係のときには知りえなかったことだ…




「気にするな。花子のそう言う所も案外気に入っている。…だがやはりすこしばかり砕けてはもらわないとな。」



「ルキ様…はい、善処します。あ、いえ…がんばり、ます。」



少しだけ…ほんの少しだけ自分としては砕けた言い方に変えて
彼が望むのならばと勇気を出してぎゅっと抱き付いてすりすりと他の可愛い女の子がするように頬を寄せてみた。
するとふわりと胸が暖かくなって心地よくて…気が付けばもっともっとと、強請るように彼に擦り寄ってしまっていたのだけれど…



「…………すまない。少しずつ、少しずつで頼む。俺の理性が持ちそうにない。」



「…?ルキ様?」




私以上に顔を真っ赤にした彼が前言撤回し、これ位以上擦り寄れないようにと
酷く強く抱き締められてしまったけれど
それもとても心地よくて、ああ甘えると言う行為はこんなにもクセになるものだと実感してしまえば
もう後は坂を転がり落ちる様にソレに夢中になってしまう。



最愛の方に甘えるって…なんて心地よくて、なんて愛しいのだろうか…




今までの人生、とてももったいない事をしていたと、後悔した
深夜、彼の腕の中。




(「ルキ様ルキ様…私、もっと甘えたいです。…だめですか?」)



(「………くそ。…ホラ、おいで?」)



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