体調管理への誓い


季節の変わり目。
そうだそれが悪い。
別に俺が虚弱体質とかそういう訳じゃない。



ホント、ちげぇからな。




「あー…うー…死ぬ。マジ死ぬ。俺はきっと今日死ぬんだ。」



「ユーマ君が死んじゃうなら淋しいから私も死ぬね?」



「生きる。」




下らなさ過ぎる会話を交わしながらも俺の声に普段の覇気はねぇ。
今は花子のベッドの中。そして花子も一緒にベッドの中。
移るから離れろっつってんのに「いやだ」の一点張りだ。
いつもなら怒鳴り散らしてぽいっと放り投げるのだかがその気力もなくてもう好きにしろ状態である。




吸血鬼が風邪ひくとか知らなかった。




や、昨日からおかしいとは思ってたんだよ体だりぃし寒気するし花子は二人に見えるし。
でもまぁたまにはこうして花子とふたり、ベッドでゆっくり過ごすのも悪くねぇ…なんて。




「あ?」



「ん?」



そんな乙女チックな事考えてたらふいにするりと俺の傍から離れてベッドから降りちまう花子に間抜けな声がでた。
そしてその声にこちらを振り返りくたりと首を傾げる彼女がぼやけて見える。
え、ちょっとまて。
俺、泣いてる!?



自分の目から零れ落ちる涙に驚いてれば花子がぐいぐいと無遠慮にそれを拭って小さく溜息。
そしてぺたりと額に当てられた手はいつもなら温かく感じるはずなのに今日はひんやりとして心地いい気がする。



「んー…さっき抱き付いてる時に思ったんだけど熱すごく上がってるね。ちょっとお薬買ってくる。」



「…おい冗談だろ?駄目人間の花子が1人で買い物とか勘弁しろよ絶対途中で寝て俺が迎えに行くフラグじゃねぇかふざんけんな」




よたよたとさっきまで俺と一緒に寝てたからおぼつかない足取りで身支度を整えて出ていこうとする花子を呼び止めたけど
すげぇ不機嫌な顔で「ユーマ君失礼」って言われちまってそのままバタンと扉は閉められて、花子は買い物に行っちまった。




「絶対…ぜぇーったい俺が迎えに行くんだコレ。」




ぽつんと1人残された部屋で呟いた言葉に
自分で言ってて悲しくなって弱弱しい溜息をひとつ吐いた。






カチ、カチ、カチ…





「………帰ってこねぇ。」




じっと大人しくベッドの上で大人しくして真顔で独り言。
ホラ見ろ。こんだけ長い事待っててもかえってこねぇじゃねぇかアイツどこで寝てやがる。
いや寧ろ歩くのだりぃってどっかで座ってんのか?それとも…
ぐるぐると色んな考えが巡り不意に視界の隅に入ったさっきから秒針がうるせぇ時計を見やって目を見開く。
おい嘘だろ?



「まだ10分しか経ってねぇ…」




もう数時間は経ったと思ってたのに時計の針を見てみると花子が出ていってからたったの10分…
そりゃ帰って来る訳ねぇよまだ買い物してるっつーか店にだって着いてねぇかもしれねぇ。
風邪ひくと時間経つの遅く感じんのか?そういう追加効果とかあんのかよ…



「あー…くそ、」



もぞもぞと時間を気にしないように布団を頭まで被ってベッドに深く潜り込んだけど
それでもしーんとした静かすぎるこの部屋の時間がもう1000時間は経ったんじゃねぇかって位長く感じてしまう。
カチ、カチ、カチ…
時計の針がゆっくりすぎる時間を刻む音が酷く煩わしい。



「っだぁぁぁ!うるせぇ!!わーってるよ!!時間そんな経ってねぇって!!!ちっとは黙ってろ!!!」



自分でもよく分からない癇癪を起こして必死に体に力を入れて近くにあったクッションを時計へぼふんと投げつける。
するとその衝撃でがしゃんと床に落ちたそれはもうカチカチうるせぇ音を奏でなくなって1人、勝ち誇ったドヤ顔である。
けれどそれも数秒。
またすげぇ長く感じてしまう時間にまた力なく布団の中へと潜り込む。
なげぇ…なげぇよ花子。早く帰ってこい。




そしてもう10年は経ったんじゃねぇの?って思った時ガチャリと扉が開いた音がしたので
怠い体はそのままに顔だけ布団から出して扉を見やる。
すると何とそこには両手いっぱいに買い物袋を抱えて首を傾げてる花子がいた。
…すげぇ。コイツまともに買い物できんのか。
ていうかそうだいつもは動かねぇけど1人で生活できはするんだった。



けれど俺はそんな言葉を口にする前に
最後の力を振り絞ってガバリと起き上がり、おそらくぶっ壊れて無残に床に転がっている時計を見ているであろう花子に叫び散らした。




「おっせぇよこのクソ駄目人間!!どんだけ待たす気だ!!!俺がどんだけ…!!!どんだけ淋しかったと思ってやがるクソがぁぁぁ!!!」




…………。



「ぷっ」



「…ちがう、さっきのは違う。俺の中の俺が暴走しちまって言っただけだ俺悪くねぇし。」




痛すぎる沈黙の後に真顔で噴きだした花子に熱あるくせに余計に顔面赤くしちまってふるふると首を横に振るけれどもう遅い。


そうだ、時間がすげぇ長く感じたのも罪のねぇ時計に八つ当たりしちまったのも全部花子がいなくて淋しかったからだ。



彼女が返ってきてホッとしてつい本音が頭を経由する前にそのまま出ちまった。
くそう…こういう不安定なのは俺じゃなくて花子のおはこだってんだよ。



どさりと荷物が床に落ちる音がしてそのままふわりと柔らかいモノが俺を包み込む。
くそ…覚えてろ。マジ覚えてろ。
風邪治ったら今まで以上に俺に夢中にさせてマジで俺なしじゃ生きれなくしてやる。



そんでほったらかされた時どんだけ淋しいか花子も実感すればいい。
………や、正直見てらんねぇからほったらかしとかは出来ねぇ気がするけどそれは後回しだ。




「こっちは病人なんだ…察しろ馬鹿花子。」



「おーよちよち、独りぼっちにしちゃってごめんねユーマくーん。」



「……馬鹿にしてんのかテメェ。」




独りにされた時間を補うように優しく抱き締められてそのままそっと頭も撫でられる。
じわりとまた涙零れそうになっちまったけど花子のなめきった台詞にそれは引っ込んで代わりにビキリと青筋が立った。




「でもホントごめんね?そうだよね…いつだって私のお世話してくれてるユーマ君放っておくとか…ごめんなさい。」



「あ、や…べ、別にいいけどよ。つーか薬だって必要だったのは事実だし。」




相変わらず撫でる手をやめない花子の謝罪にちょっと罪悪感を覚えて弁解するけれど
次の瞬間もう俺は恥ずかしさで意識手放したくなるくらいの事実を知らされてしまった。




「まぁでも家出て帰って来るまで20分しか経ってないんだけどね。」



「………………は?」



「いやぁたまには風邪ひいてもらうのもありだよね。これだけユーマ君が私の事大好きって思ってくれてるの実感できちゃうなんて。」



「うるせぇ黙れ駄目人間早く薬寄越せどーせ夕飯は俺が作る羽目になるんだよ一刻も寄越しやがれ。」




もはや限界を突破した俺の顔面の赤さ具合とかアレだ血レベルだこんなの。
しかも恥ずかしさで目の前余計にクラクラしてきやがった。
照れ隠しにすげぇ早口でまくしたてれば困ったような嬉しそうな顔で笑いやがるからもう限界。




「ああそうだよ!!俺は花子が大好きだ!!!もう一秒たりとも離れんじゃねぇぞ俺が泣く!!!」




自棄気味の俺の叫びは部屋中に響いちまったけどこれが本音。
風邪で弱気になるとどうも俺の乙女思考もいつもより余計に可愛くなるようで…
今日に限っては全く駄目人間じゃないこの駄目人間に本調子じゃねぇ俺はお手上げ状態だ。



別に花子だけが俺の事だいすきって訳じゃねぇ。
俺だって花子の事ヤベェ位愛してる。




でも、うん。
こう言うクソ可愛い俺の本音は出来ればもう二度と叫びたくないので体調管理、マジ気を付けようって心に誓った。



戻る


ALICE+