知らない感情


こう真夜中学校の周り走り回るとは思わなかったよ。
…冬のマラソンとか本当にダルすぎ。




「あーあ、こんなの早く終わらせてはやく花子ちゃんと帰りたいー!!」




ぐっぐっと腕を伸ばしながらぼやけば背後の空気が一気に冷えた。
………いや、俺が花子ちゃんと帰りたいのは家族としてなんで。



「ルキくーん。一々花子ちゃん関連で目くじら立てないでよ。俺、花子ちゃんの事ルキ君から取る気とか全然ないんだから!!」



「………万が一という事もあるだろ。」



「…………ちょっとは弟信じたらどうなの。」




呆れかえって背後の冷えた空気の原因であるルキ君を諭せば
ジトリとした視線とため息交じりの言葉が返ってきちゃったので俺もため息。



取るわけないじゃん。
俺の将来のお姉ちゃんだよ?




「ていうかルキ君もちょっとは花子ちゃんを信用してあげればいいのにねーっと」



「は?俺はいつだって花子を信用している。」



「……そう?」



ぞろぞろとスタートラインに立つ他の生徒同様に俺達もそこへ並ぶ。
全く…信用してるんだったらちょっとは花子ちゃんって単語出すだけで空気下げるのやめてほしいんだけど。



「花子は信用している。…しているが、アイツはまだ少し危なっかしいからな。」



「………そうかな?」



「俺からして見ればまだ危なっかしいさ。」



「ふーん……そんなもんかなぁ。」




マラソン開始の笛が高らかになって一斉に走り始めながら
一定の加減をしながらもルキ君の隣をだらだらと走り続けて続ける会話。
うーん……彼女の心を読める俺としてはもう随分花子ちゃんも成長してると思うけどなぁ
……ルキ君ってホント花子ちゃん関わると頭悪いくらい過保護になるよね。




「あ、噂をすれば花子ちゃんだ。」


「?どこに……、」



校舎の周りをまったり走っていればチラリと見えた花子ちゃんの姿。
両手に沢山の資料を持っている所から察するに先生にお使い頼まれちゃったのかな?
全く……花子ちゃんて頼み事されたら断れないんだからなぁ。




………うん、
さっきのルキ君の気持ちちょっとわかるかも。
花子ちゃんの事、やっぱまだ目離せないや。




自分もつくづく彼女に対して過保護だなぁって
苦笑していれば不意に向けられたその視線。
あ、こっち気づいてくれた。




ゆっくり走っているからと言っても彼女と同じ空間を共有できるのは数秒なので
俺もルキ君も彼女に一つだけ、笑顔を向けるだけに終わった。
…けれどその瞬間、彼女が起こした行動によってこの後マラソンが短距離走へと変わる羽目になるのだ。




「ルキさん…コウさん…が、頑張ってくださいね。」




「…………ルキ君帰りたい。今すぐ帰りたい。」



「………俺たちは吸血鬼だからこれくらいの距離本気を出せば数秒なきしかしないぞコウ。」




小さすぎる彼女の言葉は無情にも俺たちに届いてしまって
ホントは授業なんてこのままサボって花子ちゃん抱え上げて帰宅したかったけれど
真面目な彼女はそれをよしとしない。
ならば俺たちに残された選択はただ一つだ。




「アイドルの本気、なめるなよぉぉ!?可愛いお姉ちゃんと帰るのはこの俺だ!!」



「………恋人同士の甘い下校時間の邪魔なんてさせないからな。」



「やだよっ!いつだってルキ君と花子ちゃんは二人きりで帰ってるじゃん!!たまには俺も混ぜてようらやましいっ!!」




次第に早まる足はもはやマラソンの速度ではなくて
俺もルキ君もぎゃんぎゃんと自分達の言い分を叫びながら全力ダッシュ。
毎日二人がラブラブなのは良い事だけど、常に放っておかれる次男はちょっと寂しいんだからねっ!?



「俺がルキ君より早くゴールしたら今日は三人で帰る!!」



「!?させるか……っ!!」



もはや周りの他生徒なんか目もくれず、俺とルキ君の大決闘の幕が切って落とされてしまった。
花子ちゃんとラブラブなのはいいですけど、たまには弟にもお姉ちゃんと遊ぶ時間を!!ください!!



「大体ルキ君が器が小さいんだよ!!俺が花子ちゃん取って食べるわけないでしょ!こんなにラブラブなのに!!」



「…………いや、まぁ…そう、だな。うん。」



「うっわ照れないでよなんかムカツク。」




彼女とすれ違って空間を視線を交わしたのはわずか2秒。
なのにそれをキッカケにこんなアスリート顔負けみたいな決闘始めちゃった俺たちは
彼女に対して過保護でもあるけれど少し大人げないって言う言葉も合うかもしれない。





「……っ……っっ」


「………こんな結果、きいて、ない…」


「…………や、知らねぇよ。」


数キロ全力ダッシュを続けて満身創痍で
二人同時にゴールした先には、ケロっとした様子で既に余裕のゴールを迎えていたウチの三男が仁王立ちしていたので
俺とルキ君は二人同時に崩れ落ちてしまった。




「もうもうもうーう……一番最初にゴールしてたのユーマ君な訳?」


「な、なら…今日は俺と花子とユーマで下校か…」


「あ?話読めねぇけど下校っていやぁアズサがさっき花子迎えにいってっけど…」




…………。




まさかの。



まさかのダークホースに俺たちはもはや呆然とするしかなかった。
どうやら俺の未来のお姉ちゃん兼ルキ君の最愛は甘えん坊で意外と抜け目の無い末っ子に攫われてしまったようで。



「うう〜…花子ちゃんと遊ぶ時間取られた。」


「……まぁ帰ったら俺の部屋に呼べばいいか。」


「……………ルキ君マジムカツク。」




当たり前だけれど恋人同士だから彼女との時間は無限にある余裕めいた言葉を吐かれて静かに青筋。
こう…よくわかんないけど、ホントにお姉ちゃんを取られた気分ってこんな感じなんだろうなぁって




全く縁がなかったこの感情に
ムカつくはずなのに小さく笑ってしまった深夜。



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