「愛」と「信頼」


「俺は一度でいいからシュウ君より好きだよって花子ちゃんに言われたい。」



「無理」



「即答!!即答は幾らなんでも俺が可哀そうだよシュウ君!!俺に!!気をつかってあげて!!」




ばんばんと机を大げさに叩くコウに大きなため息。
ったく……俺の信者である花子を好きすぎるコウはいつだってこんな感じで彼女の隙を見てはうるさく俺に絡んでくる。
奴曰く、一度でいいから俺より自分を好きだと最愛に言われたくてこうして俺に彼女の気の惹き方を聞きに来るわけだが…正直時間の無駄でしかない。




「仕方ないだろ…花子は俺という存在が大好きなんだからお前が無神コウと言う個体なだけで勝ち目なんてない。」



「ちょ!酷い!!いくら何でも酷すぎない!?」



「事実しか言ってない」



「うっ!!」




ずばずばと真実を口にしてやればヒステリーを起こしたコウが掴みかかってきたけれど
俺が紡いでいる言葉は全て真実だ。
花子は俺と言う存在が大好きすぎてもはやファンというか信者…それは彼女の傍にずっといるコイツが何よりも知っているはずだ。
俺は彼氏であるコウよりも花子に優遇されている。



「ずるいよシュウ君!!いつだって花子ちゃんにちやほやされちゃってさ!!俺だって花子ちゃんにあんな猫撫で声で「様」付けされてみたい!!」



「……他にもアンタより遥かに優遇されまくってるからな。」



「ぎいいいいい!!」



俺の言葉にもはやコウは涙目だ。
恐らく今まで花子の行動を思い返して自分の扱いに泣けてきたのだろう。




花子はいつだって俺を優先する。
コウといちゃついていても俺の姿を見れば真っ先に飛んでくるし
屋上で眠っていればいつも俺用に持ち歩いているふかふかのブランケットを壊れ物を扱う様にかけてくる。
…抱き枕が欲しいと言えば歓喜の涙を流しながら俺の腕の中にだって飛び込んでくる。



対して彼氏のコウは……うん、
誰か察してやれよ。



「しゅ、シュウ君だって花子ちゃんに顔面殴られたり同人誌の局部修正とか強要されるべき!!」



「花子は俺の柔肌に一切の傷は付けたくないって言ってたし、割と本気でテッシュ以上重いものは持たせようとしないからペンタブも持たせないぞ。まぁ…ヴァイオリンは別だけどな。」



「シュウ君はどんだけ俺の彼女に大切にされてるの!!!うらやましいっ!!!」



予想以上に俺が花子に大切にされていると知ったコウの目からはボロボロと大量の涙がこぼれてしまうが
ぎゃんぎゃん叫びながらだし、いくら綺麗な顔と言っても所詮男なので全く何も響かない。
…というかコイツまだ気付いてないのか?




「あれ?シュウ様じゃないですか!?どうしたんですかこんな所で!!あ、もしかしておねむですか!?抱き枕と言う私いります!?」



「花子ちゃん俺!!俺もいるよ!!君の彼氏のスーパーアイドル無神コウ君も一緒だよ!!!?」



「うるせぇ!!今私は大天使との交信に忙しいの黙っててコウ君!!」



「ひ ど す ぎ る !!!」




そんな所に通りがかった話題の中心である花子は俺の顔を認識した途端瞬間移動みたいに素早く目の前まで駆け寄ってきて猛烈な自己アピール。
勿論傍にいた彼女の最愛は無視だ。
………うん、割と彼氏の扱いが雑だな。



「ふぁ……コウの無駄話につき合わされて疲れた。俺はもう帰る。」



「えぇ!?ウチの彼氏につき合わされ…!?ヤダ卑猥!!いつの間にコウシュウとかしてたのコウ君呼んでよ!!!」



「ち、違う!!その付き合いじゃない!!ていうか彼氏をカップリングに混ぜるなと何度言えば…っ!」




ひとつ大きなあくびをして二人の茶番をぼんやりと見守る。
ああ、やっぱりコウはまだ気づいていないのか。
じっとコウの心の叫びをスルーしつつ、うるさければ容赦なくその顔面に拳を入れる花子の表情を見つめる。




彼女が一番生き生きとした表情をしているのはコイツの傍にいるときだけだ。




確かに花子は俺の信者だけどでも…所詮は「崇拝」止まり。
彼女の「好き」はそれこそ世界一貰ってるというか押し売りされてる自覚はあるけれど「愛」は貰った試しがない。
最愛にこんな自然な表情をさせている事がどれだけすごい事なのか…どれだけ心を許されている事なのか
まだ先程のパンチで顔面を赤くして泣きべそをかいてるこの大馬鹿野郎は気付いていないようだ。



「好きよりもっといいもん持ってるくせに…強欲め」




ぎゃいぎゃいと一方的にコウが喧しいのに静かにため息を付く。
花子のそんな生き生きとした表情なんか俺とふたりきりの時は見たことがないんだからな。




花子がコウに向けているのは「好き」よりも「愛」
けれどそれだけじゃなく「信頼」だって向けていることに彼は気づいていないようで…




だってそうだろう。
どんな自分も受け入れてくれると信用してなけりゃ彼女の特殊な趣味だって明かさないだろうし
こんな扱いもしないだろう…
まぁ…花子の場合は単にコウに「好き」と「愛」の違いを徹底的に叩きこむためのスパルタ教育なのかもしれないけれど




「俺はアンタの方がうらやましく感じるけどな。」




ポツリと呟いた言葉。
結局「好かれている」より「愛されている」方が最後は勝つんだよ。




花子が俺よりコウが好きと言う日は恐らく一生来ない。
同時に…コウより俺を愛しているという日も恐らく…いや、確実に来ない。




「そもそもコウ君がシュウ様攻めるとか生意気。大人しくシュウコウになってよ」



「いやだよ!!どっちにしろカップリング組まされるならせめて攻めがいい!!」



「………おーいアンタら、大概にしてくれよ。」




いい加減カップリング論争とやらが激化してしまいそうだったので
無造作に頭を掻きながら少し大き目な声でつぶやいた。



好きでいてくれて、優遇はされるけれどトクベツではない俺の立場を羨ましいとのたうち回る
花子のトクベツを一身に受けているこの恵まれた大馬鹿野郎を懲らしめる為に
俺は今日も少しわざとらしく俺をでろでろに甘やかす彼女へと近付きコウに見せつける。




大天使だって信者のトクベツに妬いたりもするんだぜ?



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