何でもない日
私が初めて愛した人は人間で
彼女と種族の差による感覚の違いを埋めようと、彼女を気を惹こうと
只ひたすらに必死な自身が酷く滑稽に想えるが、それでも…
それでも何とかして近付きたいと願ってしまう自身に
いつだって自嘲とこんな自分も悪くないと言う感情が頭を支配してやまない。
「おやアズサ、やけにご機嫌で……と言うか泥だらけですね」
「あ、レイジさん……うん、花子さんに…プレゼント……探してたら…ふふっ」
ある日学校の廊下、たまたますれ違った顔見知りに気紛れにも声を掛けて見れば予想外の回答が返ってきて少しばかり目を見開く。
はて、今日は彼女…花子さんに関して記念日か何かだろうか。
人間である花子さんは我々永遠を生きる吸血鬼とは違って記念日を大切にする傾向があるので彼女の誕生日やその他クリスマスなどの行事はすべて頭に入れている筈なのに…
「アズサ、今日は花子さんにとって何かの記念日なのですか?」
うんうんと頭をフル回転してみても今日と言う日がなんの行事にも当てはまらず素直に目の前の嬉しそうな彼に問う。
本来ならば人間ごときの記念日や行事など穀潰しではないがどうでもいいはずなのだか花子さんは私の想い人…
彼女にとって今日と言う日が何か贈り物をされる日なのだとしたらそれはどんな手を使ってでも知っておきたい。
そう…無神家の末っ子に直接聞いても、だ。
じっとアズサの答えを待っていれば彼は数秒きょとんとした表情をしていたが
それは次第にふにゃりと柔らかな笑顔になってこれまた以外過ぎる言葉を放ってしまう。
「今日は……なにもない日…だよ」
「何もない日?」
理解しがたい答えにピクリと眉を動かしてみれば
アズサは嬉しそうに笑ったまま泥だらけの原因であろう沢山の四葉のクローバーを抱き締める腕に少し力を込め
愛おし気にそれらを見つめながら言葉と続ける。
「今日は別に花子さんにとって何かの日じゃない…けど……なんだか無性に彼女に幸せをプレゼントしたくなって…」
「幸せを…?」
どうやら彼はその「幸せの象徴」を
何でもない日に贈り物なんて自身の常識からは逸脱している回答に首をひねるしかなかったのだが
どうしてだかぽつぽつと語るアズサの表情を見ていると自身の中の何かも動かされてしまう気がする。
「プレゼントしたいのに…記念日とか関係ないかな…って、俺はいつでも花子さんが居てくれて幸せだから…幸せが溢れたその時に…こうしてプレゼント……送りたい」
「……………」
自身の幸せが溢れた時にその分を彼女へと贈りたいと言う彼はどうしてだか酷く眩しく感じて
記念日しか贈り物をしてはならないと思っていた自身の考えが何故か酷く恥ずかしく感じてしまう…
嗚呼、こういう所は本当に彼には敵わないのかもしれない。
彼は私より彼女の…人間の気持をよく理解している。
そんな自身の今までの浅はかな考えを素直に認めつつ
私はひとつ大げさに咳ばらいをしてアズサに向かって嫌味に言葉を紡いだ。
「そんな事を言ってしまえば私は毎日彼女にプレゼントをしなければならない事になりますね。貴方より私の方が彼女が傍にいて幸せと感じるのですから」
「…………それは、流石に花子さん…も、めいわく」
「…………………冗談をまともに取らないで頂きたい。」
彼のこういう人間に近い考えは認めながらもやはりそれだけで済ませたくなくて
ひとつ、自身の方が彼女を思っていると得意げに話せば意外にも常識的な返答が来てしまい少しだへ頬を赤くしてしまう。
全く……こういう時は素直にコチラを立てる位の気遣いを見せて頂きたいものだ。
「けれど……何もない日にプレゼントですか……悪くありませんね。」
「ふふ……レイジさんも、花子さんにプレゼント…する?ええと、四葉のクローバー…」
「いえ、同じモノなんて味気ないですし、何よりライバルからの助言を頂くのは遠慮願いたい」
彼の考えは悪くないと、そういう考えもあるのだと言葉にすれば
余程嬉しかったのか笑顔で四つ葉が沢山ある場所を教えようとしたけれど私はその言葉を遮ってもう一度意地悪に微笑んだ。
彼女が…花子さんが傍にいて幸せだと感じ、それが溢れてしまうと言うのならばアズサ……貴方もそうなのでしょう?
「ばれちゃった……でも、俺…負けないよ?先にプレゼント…渡してくる…」
「ええ、ご自由に。私だってもう遅れは取りませんよ。」
私の言葉に静かに目を細めた彼は正解だと言わんばかりに宣戦布告の言葉を残してその場を後にした。
そんな彼の後姿を見送り反対方向へと足を向け、目指すのは行きつけの紅茶店。
今日は新作が発売される日なので折角だから二人分……
「負けてられませんね」
小さな私の独り言は誰に掬われる事なく消えたが
それは足早に歩いている自身の足音がほぼ原因だ。
何もない日、素直に「贈りたいから」と言う理由だけで愛する人に何かを贈れる。
それは簡単なようで難しい……そんな事を簡単に出来てしまう彼が自身のライバルだなんて非常に不利だが…まぁ
「不利な状況からの逆転も一興です」
あんな素直な感情表現を出来る彼に対して
なかなか理由付けをしないと何もアクションを起こせない私とでは酷く既に差があるだろうがそれでも、
ここまで足掻くほど私は彼女を誰にも渡したくないと
酷く執着してしまっているようだ。
何でもない日、けれど私とアズサにとってはそれはいつだって競争の日々で
同時にいつだって彼女が此処に存在してくれていると言う事実に幸福と感謝を感じる日なのかもしれない。
(「花子さん……はい、プレゼント……受け取って?」)
(「花子さん、宜しければ私からも受け取ってもらえますか?」)
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