【August】Countdown


そう言えば日中は39度だったと天気予報で言っていたっけ…



「う、あつ…暑い」



部屋の温度計をちらりと見やる。
日中ほどではないけれど現在37度。
余裕で熱帯夜である。



「え、エアコン…えあ、エアコ…う、」



暑すぎる部屋でぐったり項垂れながらも手探りでリモコンを探すけれど一向に見当たらない。
もはやこの暑さで動く気力もないので今現在私は生死をかけた大ピンチなのである。




「か、覚醒以前に生命の危機が訪れるなんて思わなかった。」


「冗談でもそんな事言うんじゃない馬鹿花子。」


「…シュウ?」


「ん、そう。花子の救世主。」



ぐったり顔を床に埋めたま頭上から降って来た馴染みの声の持ち主の名を呼べば
肯定の言葉と共に両脇にひやりとした感触と一緒に体が宙に浮いた。
虚ろな視界に見えたのは呆れきった最愛の顔。



「はぁ…脱水症状一歩手前…?こんなくだんない事で絶対死ぬなよ。馬鹿。」



「う…シュウ、さっきから馬鹿ばっかり。」



「本当の事なんだから仕方ないだろ馬鹿。馬鹿花子。馬鹿。」



グサグサと言葉の棘が容赦なく私を滅多刺しにしてしまう。
わかった…私の死因は覚醒失敗でも脱水症状でもなく、間違いなくシュウの意地悪な言葉だ間違いない。


彼の言う通り脱水症状一歩手前の頭では何も考えることが出来なくて
シュウの言葉の真意さえも掴めずその刺々しい単語達をまともに受け止めてしまい、じわりと涙が浮かんでしまう。



「………何で泣いてんの。」



「だってシュウが…馬鹿って、」



「…………はぁ。」



ぐすぐすと鼻を鳴らしながら涙の理由を訴えると短い溜息の後ぎゅっと片手で私を抱きあげたまま
スタスタと部屋中を足早に動き回るシュウに首を傾げる。



…こんな機敏なシュウは見た事が無い。




しかし今はそれよりも抱きしめられて触れ合っている部分がひやりとここち良すぎてもっともっとと自分からもスリスリと彼に擦り寄るのに忙しい。



「………猫みたい。」



「わ、わたし…愛玩動物じゃないもん…シュウの彼女だもん…うぅ」



「あーはいはいわかったわかった。花子は俺の大好きな何者にも代えがたい最愛だよな俺が悪かった…っと、」



再びぐずりだした私の様子を察して少し早口で自身の言葉を訂正しながらひょいっと床へとしゃがんだシュウ。
そしてピピッと響き渡る聞き覚えのある電子音に私はひとつ、ほっと胸を撫で下ろした。



「…リモコン、」



「ったく…こんな部屋の隅にあるとか。」



次第に部屋の温度が下がっていくのを肌で感じながらもまだ離さないでいてくれるシュウに甘えて力の入らない手でぺたりと肌蹴ている肌に触れてみる。


あ…どうしよう。
シュウが熱い…私の熱が移っちゃったんだ。離れないときっとシュウも暑いに違いない。
でも…でも…



恐らく暑さで頭がやられてるからだろう、今すごくシュウから離れたくない気分で
シュウの事を想って離れなければならないという気持ちと自身の今のこの気分とが酷く葛藤してしまい思考の許容範囲を軽々と超えてしまった。



「う…うぅ…」



「あ…また泣いた。」



絶対暑いはずなのに私を抱いているシュウの腕の力はさっきよりも強くなって
リモコンを離した片手でぐいぐいと、でも優しく涙を拭ってくれたのでその優しさに余計ぶわっと涙が溢れてしまい、シュウを困らせる。
嗚呼、すき…私、本当にシュウがだいすき。



「ったく…先月まで花子のペースだったのに今度は甘えた?ほんっと花子って飽きない。」



「シュウ…」



「俺は平気。いつだって寒いんだ。たまには暑くたっていいかもな。」




じっとシュウの目を見つめて言葉を紡ぐ前に察してくれた彼からの優しいそれにまた泣きそうになったけれど
もうこれ以上シュウを困らせなくて、ぐっと我慢する。
代わりに「ごめんね」と「ありがとう」の意味を込めた唇でそっと彼のそれへと重ねてゆったりと離す。



「ん、あっつ…もうすぐ、お別れ、だな。」



「………ん、」



ふにふにと唇を指で弄ばれる。
彼の紡いだお別れの意味が「体温」だけであると切に願って静かに目を閉じて彼の腕に抱かれる感触を確かめる。



大丈夫…全く怖くないと言えばウソになる。
けれどきっと私の体が完全に作り替わる瞬間、この大きくてたくましい腕がしっかりと抱き留めてくれるであろうって分かってるから胸の内は恐怖心だけでなく、彼と“同じ”になれるという幸福感も一緒に存在で来ている。




「花子、とりあえず水飲め。持ってきてるから…ん、」



「んぅ」




ひょいっとペットボトルを前に差し出されたので受取ろうと手を伸ばしたのに
それは完全に無視されてしまい、さっさとその冷たい水を含んだシュウの唇から直接私の中へと注ぎ込まれる。



ポタリと飲み込み切れなかったそれが一筋体を伝って床に落ちる。
伝った場所が冷房に晒されて酷く冷えた感覚を胸に抱き、
嗚呼…おそらくこの感覚が近いうち体全体を支配するのだと思うと恐ろしくもあり楽しみでもあるなぁ…なんて



深く深く塞がれ流し込まれる水を必死に求めながらも
呑気に1人、考えていたとある熱帯夜。



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